勇者登場
「まぁなんてこと……」
鳥さえ到達出来ぬ天空を己が領土とするのは、サウファ・アーレムに存在する魔王の1人にして最高位のシャン・ディーイー。彼女の迷宮サラーヴ・ダヴットは、流れる雲のように澄み渡る空を行く。赴く術は彼の魔王の興味を引くこと--その1つしかなく、到達した者は皆無に近かった。
それゆえ飽きるほどに時間を持てあまし、地上を眺める位しか過ごす手段はない。が……地上の変化や異変に、誰よりも先に気付くことは出来る。だから、気付いた。
『お呼びですか』
「勇者が召喚されたみたいだから調べて--あら?彼に聞いてみましょ!」
使い魔は命令を果たすべく地上に降りる。その行く先に認めたのは、砂漠のどこからでも見ることが出来る廃墟群の主シャリ・アハ。
ガドル・パーディアを静寂に墜とした魔法禍は、フスーフィリ・カルクルの魔王によるものだとはっきりしている。しかし原因も切っ掛けも分からない……巻き込まれて消滅したと思っていたが、無事な様子に安堵した。
彼ならば多少の事情は知っていてもおかしくはない。攻略が至難と知られるフスーフィリ・カルクルは、魔人シャリ・アハの廃墟群の中にあるのだから・・・。
†††††
--世界暦2191年、夏季6月。
「聞いたことはあったが、よもや少女とは……」
一族だけとはいえ砂漠の民を束ねる“砂塵の鷲”族長フロリネフは絶句する。ガドル・パーディアに異変があった数日後、隊商氏族と共に来たのは“勇者”だった。
過去に召喚された勇者とは、見た目からして一線を画していた。
勇者にしては貧弱としか思えないスケイルアーマーとハーフヘルム。反して、桁外れに不釣り合いな扱えるとは信じられないグレートソードを得物とするらしい……そのアンバランスに驚きを隠せなかった。
砂王都アディリザからの伝言によれば……フスーフィリ・カルクルの様子が尋常ではなく、暴虐に満ちた強大な魔力が砂漠を蹂躙したその日、都の祈祷所に唐突に召喚されたらしかった。
通常の召喚は、魔王不在がはっきりしてから執り行われる。手続きをきちんと踏まなければ、成功しないされていた。
だが……齢15の少女はLv13--勇者としてほぼ完成された状態で、何の前触れもなく召喚されたのだ。
「初めまして。イレギュラーみたいだけど、できる限り頑張りますね?」
小柄で幼い印象はあるがその眼差しは力強く、漲る覇気に満ちている。どれほどの実力なのか?鋭い眼光に戸惑いつつ、彼フロリネフは天幕に迎え入れた……。