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去り者の日々  作者: Shkmn
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09-たのしい、きるはうす

 スローイングダガーを投げ、二階の窓からこちらに銃を向けたターゲットの目を貫く。切っ先は脳まで達しているので、アレはもうすぐ死ぬ。狙撃の危険性、クリア。


 数か所に置かれた車を遮蔽に取りながら、射手が居た建物へと近づく。二階建てでよかった。三階や四階からの狙撃だったら、かなり厳しい事になる。

 玄関を蹴破って、銃を構えた男が飛び出す。こちらは車から飛び出したばかりで無防備。ダガーを抜いて投げるには、時間が足りない。銃を撃てば解決だが、飛び出したばかりの姿勢で撃っても当たるまい。幸いな事に、こんな状況で役立つ装備を持ってきている。

 飛び出しの姿勢から復帰する動きに見せかけて、男を狙って腕を振る。

 男がこちらに銃を向け、指に力を込めようとしたところで手首が内側からパックリと斬り削がれて撃てなくなった。血が伝い、俺が飛ばした物が見える。

 緊張しきったワイヤーを手首のスナップで操作し、切り離す。このワイヤー、巻き取り装置を省くことで軽量化したために使い捨てになるのがネックだ。左右の腕に四本ずつ仕込んでいるが、今ので一本失った。これが後に響かないといいのだが、響くだろうなあ。

 蹴破られた扉をくぐり、首筋に巻き付けたマイクに手を当てる。飛び出してきた男? そのままワイヤーで両手にお別れさせたら昏倒した。確かめてないけど、出血量からしてもうすぐ終わる。


「こちらカレドヴルフ。目標内部に突入した。制圧を開始する」


 扉を蹴破ったのは俺じゃないし、足音も消しているので、突入とは呼ばないような気もした。でも、単独突入という名目なので、突入なのだろう。


『こちらメドラウト。平和に暮らしてると聞いていたが、腕は衰えていないようだね。その調子で頼むよ』


 イヤフォンから聞こえる指揮官の声が、どう聞いてもラウンズの一人だ。メドラウトって名乗っちゃってたし。傍受した奴今更降伏しようかとか考えてるんじゃなかろうか。もう無駄なのに。

 一発も銃声が響かない事に違和感を感じたのか、玄関から続く廊下にゾロゾロと敵が出てくる。縦に並んだので、ありがたく短機関銃で薙ぎ払う。八人くらい居たのが、五秒とかけずにゼロに。抑音器が無いので非常にやかましいが、見ての通りのこの威力。現代兵器の恐ろしさが良くわかる。

 創作物などで誤解されがちだが、銃弾をいくらか被弾しただけでは、人間は死んだりはしない。だが、当たり所次第では一発が掠めただけで即死したり行動不能に陥ったりする。一律の耐久力で語れるほど、人体は単調な構造ではないというだけの話ではあるものの、創作においては見落とされる事が多い。そんな意外と頑丈な相手がたくさんいる状況で、何故こうもあっさり制圧出来たのか。その答えは、驚くほどに安易だったりする。

 胴撃ち。それもやや下めに下腹部を狙った。そこを撃てば、腸を壊せる。反動で上がった銃口が、肋骨に守られていない他の臓器もズタズタにするおまけも付いてくる。三発ももらえば、すぐに手当てしても助かるかは疑わしい。防弾上衣を身に着けていればこの手法は通じにくいが、市街での突入部隊でもない限り、普通街中でそんなものを装備しない。だって重くて動きにくい。

 ついでに、こういった現地調達色の強い連中ではなく訓練された連中だと、射撃の予兆動作で銃撃を回避してのける。そう言った場合もやはり大きく動かしにくい腰の近辺は当てやすい。

 つまり、こちらの状況を知らず無防備に姿を見せた時点で、あの八人は終わっていた。


 気配を探る。一階は品切れのようだ。念のために全ての部屋を回りながら、通信を開始する。


「やっほー。一階の制圧終わったよー。ただねー、ちょっと銃撃っちゃってさー」

『キミが傷つかないよう気をつけて言うね。そのキャラやめてくれないと、名前で呼ぶよ?』


 気をつけるどころか、いきなり警告と処罰内容の通告だった。こんな恐ろしいのがラウンズ選抜同期の一人で、俺が脱落して以来の友人に数えられるのだから、頭が痛い。


「ゴメン元に戻します許してください。で、あちらさん結構場慣れしてるみたい。戦闘中に階段を上り下りするようなお馬鹿が居ない。思いっきり待ちうけてる」

『わー大変だねー。困ったねー』


 もうちょっと緊迫感のある対応をください。いや、応援要請のために連絡してるの、バレてるだろうけどさ。


「なので、ちょっと仕事を頼みたい。擲弾筒、いくつある?」

『三つほど』

「煙幕弾を今から言う場所に、俺の合図でブチ込んでくれ」

『了解』


 位置を指示し、こちらも位置に着き、準備する。

 対テロ実戦とはいえ、身に染み付くまで反復した技術を駆使する作業というのはやっぱり楽しいモノだね。いやあ、人殺しに特化した技術じゃなくて、料理とか大工とかロビイストとか詐欺師とかの技術を学ぶべきだったなあ。それなら日常的にこの楽しさを味わえる。楽しみのためだけに人生をリスタートしたいところだ。正直天職だから、今に不満は無いけどさ。


「メドラウト、コレ終わったら牛の吊るし切りしてる店いかない?」


 通信越しに溜息が聞こえた。おかしなことを言ったろうか


『たまに、キミが羨ましくなるのはなんでだろうね』

「まだ、人間殺した日は生肉つらい?」

『大体は、あまり喜ばないよ?』


 生肉って血まみれで臓物やそこから出て来た諸々にまみれてるから、お世辞にも食欲はそそらない。俺もメドラウトの意見に賛成。だから――


「でも、血抜きはしないと」

『ちょっと待った。キミは何を言っているんだい?』

「え、屠殺」


 そういったキツい見た目をどうにかするための下処理じゃないですか。そのおかげで、腸詰めが生れたのでスよ。


『ひょっとしなくても、キミって人間殺すついでにそこらの野兎殺して血抜きしながら皮、はげる人?』

「兎殺すついでに、忍び寄ってきたスパイとコソコソこっち見てた密告屋生け捕りにして、こいつらを密告して公開処刑させた事なら。あと兎は燻製にした。やり方が悪くてすごい不味かった。密告者とスパイのお陰で高官に気に入られて、仕事も早く片付いた」

『キミは密告社会でも全くもって自由だよね、ホント。何で潜入先で兎狩りしてるのさ』


 通信機越しでも聞こえるくらい、はっきり溜息をつかなくてもいいと思う。


「だって、目立つ場所に行ったら、お腹すいて。そこに兎がピョコンと跳ねて、手の中にはナイフがあって。ね?」

『ね? じゃないよ。普通は――おっと、こちらも配置が終わったようだ。試射が行えない中でこの距離だから、風が落ち着いてからの合図を期待するよ』

「わかっ……うん? 風に、距離? どこから射撃するつもりなんだい?」


 意外とスピーディに発射されるし、弾道は安定した放物線を描く武器で、何故そこまで注意が必要なのか。


『限界射程からに決まってるじゃないか。キミが出る作戦なんて、危なすぎて近寄れないもの』


 よくわかっていらっしゃる。そう思ってしまうあたりなんとも言えないが、いくらなんでももっと近くから撃っていただきたい。


「こちらも、残り少ないワイヤーを仕込み終えた。あとは上の動揺次第ってトコロかな」


 上階に飛ばした七本を、手繰る。小さな手ごたえを頼りに、五人ほどを絡める。まだたるんでいるので問題は無いが、幾つかの箇所にひっかけて張りつめさせれば、その場で人体くらいは輪切りに出来る。これをピンとすれば、五人くらいがズバシュッしてみなさんが不可視の襲撃に大慌てしてくださるでしょう。スモークも打ち込めば、臨場感も抜群というこのサービス精神。落ちついてるのは俺だけである。


「三秒後だ。やれ」


 返事より先に、ワイヤーのテンションを一気に上げる。何かを切り裂く手ごたえを感じた瞬間に、ワイヤーを破棄。階段へと駆け出す。

 壁を登り、窓を突き破ってのエントリーも見た目楽しそうなので考えたが、登っている最中に見つかればマトにされるので泣く泣く却下である。


『了解、――全弾命中。幸運を祈ってる』


 ソレを最後に、通信が途絶。階段を駆け上り、張られたての煙幕の中に頭から飛び込む。

 ――横長の、校舎を思わせる建造物。一階の入り口は端にあるが、二階への階段が建物のちょうど中央にあるのが特色の、古めかしい木造二階建て。つまり、階段を上ると左右から襲われる素敵な作りだ。面白い作りだと感心するが、襲撃者への心配りがもう少しあってもいいのではないか。

 とはいえ、今は階段を挟んだ二つのグループが誤射を恐れて動けなくなっている原因でもあるわけで。それぞれのグループの要になる場所と、階段から出てすぐの場所。この三か所に煙幕を撃ち込ませてある。それぞれのグループのリーダーは、煙から出るか煙が晴れるかするまでなにも出来ず、二階に上がって来た俺の姿は彼らには見えない。

 何が言いたいのかと言いますとですね――

 伏せるような姿勢から少し身を起こし、走る。煙から飛び出してきた俺は、まるで彼ら側の人間のようだったろう。そうなるように服装も気を使い、動きも気を使ったのだから。下手をすれば、彼等は最後まで気付かないだろう。階段を無音高速で駆け上がり、絶対に流れ弾で撃たれないよう地面にへばりつくような姿勢で廊下に飛び出した姿を見てないのだから。

 はい一名脱落。駆け寄りからの抜き手で喉にお別れ。突き刺さるような達人の冴えこそないものの、奥の骨がズレるほどのインパクトを入れた。即死だろう。すぐ後ろにいたもう一人に腕を伸ばしながら踏み込み、盾がわりに構える。予定より早くに、最初の一撃の意味を理解された場合の保険。

 周囲の連中がまだ状況を理解できていないのが解ったので、盾の首に手をかけ、ずらす。

 人生で何回壊したかわからない臓器の一つである他人の首は、有る程度のダメージが入るとすぐに死んだり全身不随になったり植物人間になったりする、やたら繊細な部分だ。しかも誰もが思っているより壊れやすい。だから、こんな状況だと良く折る。全員それで仕留めたなんてこともあるくらいだ。


 まあ、こっからは刃物も使うんですけどね。

 残りは三人。五人分奥で転がっているのが見えるが、両手足を付け根から切り落とされたマルタはどうでもいい。

 いや、殺ったの俺ですけど。まさかこの場で一番偉そうな奴がマルタになってるなんて、思わないじゃない? 気配だけでワイヤー巻いたから、ほんとびっくりです。

 血生臭いこの仕事って、基本的に運の良し悪しでいえば常に最悪なんだけど、これは大当た……やっちまった。いやこの際それは置いておこう。今大事なのは、残り三名と反対側の五名をいかにして排除するか、だ。

 一人生かしておかないといけないわけだが、この連中の程度を見るに色々と望み薄。一番偉そうな奴がマルタになって失血性のショック症状で死んだのが悔やまれてならない。


 そんなモノローグを垂れ流しながら新たな犠牲者を壁際に放り、残り三人のハラワタに次々とナイフを突き立て、揺らしながら半ばまで引き抜き、手を離す。もともとがこんなふうに使い捨てる前提のスローイングダガーなので、安心のお値段がうれしい。いや経費で落ちるけど。煙幕三発も使った時点でお話にならないけど。

 腹膜を貫通して引き裂いたうえ、揺らし抜かれたせいで生まれた隙間から血が噴き出す。抜き切る前に捨てたのは、血の噴射から身をかわすタイミングと、多少は食い込んだ状態で放置すれば、血液の噴射圧で抜ける際に、傷口をさらに抉り広げるのを期待できるから。


 それはそれとしても、ここまで反応が遅いとこちらとしても困る。煙幕さん、薄くなったけどまだ消えてないのですが。

 これでこちら側は全滅。多少は動くかもしれないけれど、倒れた所で手に持った銃を蹴り飛ばしたので、後ろから撃たれる心配も特になし。

 サイドアームで拳銃やナイフを装備しているようにも見えない。完全に無害になったと見ていい。


 だいぶ薄くなったとはいえ、煙幕がまだ反対側の視界を遮っている。

 人間欲深い物で、こうなってくるとアレを使う方向に予定を修正したくなる。よし修正しようそうだあの技やってみたいなやってみようそうしよう。いぇーい。


 まず、盾予定だった死体を片手でつかむ。もう片方の手で最初に喉を抜いた奴を掴む。階段前に戻る。もちろん無音かつ気配を環境に溶け込ませてある。準備完了。

 そこから、二つを続けて投げる。あわてた銃声が上がり、死体がハチの巣にされる。その間にこちらは何気なさを装って壁に張り付く。死体の軌道で全員の視線が誘導されているので、俺の位置は死角になる。移動中をモロに見られれば終わるような小細工だが、死体様を駄目押し込みで二つも投げて、今に至っても気配を発さないようにしている。こいつらの練度なら、問題は無いはず。

 結論から言ってしまえば、壁に張り付いて尺取り虫みたいにジリジリ動いてまで連中の背後に回った意味なんか、何もなかった。こいつら死体ずーっとガン見したあげく、煙が晴れた先に転がる惨状にビビッて、硬直してるんだもの。


 ――ひょっとして、コレは新しい種類の挑発なのか?

 いやそうじゃない。襲撃者が見えない以上は全周囲警戒しつつ、死体を検分が当たり前だ。さもないと、


「怖いお兄さんに、後ろから襲われちゃうからね」

「ひぃッ!?」


 最後尾の一人の首に手をかけ、声を発する。五人全員が揃ってすくみあがり、悲鳴を上げた。


「はぁい。突入チームのお兄さんだよー。一人だからチームじゃないけど」


 カレドヴルフって呼んでね。そう言ってみたけれど、こりゃダメだ。本気で怯えていらっしゃる。壁尺取り虫男の何が怖いのか。こんなに平和なプロ殺人者なのに。


「いやさ、ホラ。警告、あったでしょ。『我々は、君達を看過するリスクを無視できない。今から三十分以内に投降しないのであれば、君達の行動を大変遺憾に思う』そんな感じのえらく官僚的なヤツ。アレ、ほんとはラウンズが言うセリフでさ。『私はラウンズだ。諸君らが五分以内に投降しないのであれば、速やかに諸君らを殺処分するためにここにいる。さあ、選ぶといい』ってのが正しいんだー。コレ、言われたら人質とか全部かなぐり捨てて命ごいしたほうがいいよ。ああ、君達はしなかったっけね。困ったね、どうしよっか」


 ラウンズは、ただ一人を助けるために戦う正義の味方では無い。揺れ動く不安定な状況で、予測の数値含みでより多くを救う為なら何人でも殺せる、本物のエージェントだ。いわゆる善悪二元的な枠で測れば、ほぼ間違いなく全員が大量殺人者にランクインする。つまり、そんなラウンズの指示で俺がここに来た時点で、手遅れという事になる。いやあ、考えるまでもないね。


「とりあえず、知ってる事喋ってみようか。いいことあるよ?」


 嘘は、言ってない。

 この世界の人間の身体能力は、我々でいう「武道の達人」とか並みの値が標準です。銃弾よけが当たり前みたいな表現はここから来ます。

 銃器があるのに剣術の訓練をしていた理由は、相手の見切りを崩し得る攻撃手段だからです。

 そして、技術発展の事情で、銃器の射程は現実の半分から四分の三程度が平均的な数値となります。どうにも歪な世界ですが、そのへんを説明する回を書く日が来るのかどうか……

 転生ものなんかならこういった説明をする機会があるのですが、なにせ語り部がこの世界の住人なので、「あたりまえ」をいちいちモノローグで説明するような頭のおかしい真似はそうそう出来ないと気付いたのが手遅れになってから。『Shkmn』と書いて『駄目人間』とお呼びください

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