悩める女・千月
●某日、ケーキハウスにて●
千「あたし思うんだけどね、三ちゃん」
三「ん?このケーキの極上の美味さに文句でもあるんか?」
千「一切ないわよ。決め手はキメ細やかなこのクリームね」
三「それを生地の下にひっそりと仕込んだベリーソースが引き立てとる」
千「ロール部分の生地は米粉かしら。もっちりした食感も素敵ね」
三「途中で出会うこのバナナムースも絶品やな。甘すぎなくてうますぎる」
千「そのフレーズはLOTTEに怒られるわよ。
そーじゃなくて。真面目な話」
三「……仕事か?」
千「……彼氏」
三「また上に乗っとるこのイチゴが」
千「三ちゃん!!ほんとに真剣なんだってば」
三「お、眼鏡置きよった。なんや、ホンマに真面目な話か」
千「だから言ってるじゃない。悩んでるの」
三「はいな。聞こう。
千づっちゃんが眼鏡はずすときはマジやからな」
千「なにそれ。そうなの?」
三「長年おるんや、癖の一つや二つ覚えとるわい」
千「じゃあ聞いてもらおうかな。どこからがいい?」
三「ラストだけ」
千「聞く気ないでしょ。イチゴを人質に取るわよ」
三「ちょ、ちょ待て。イチゴはケーキ価値の7割を占めるんやぞ!!
聞く。聞かせていただく。聞かせて下さいお願いします」
千「はあ。真面目なんだかどうなんだか……」
三「俺ほどの紳士はそうそうおらんで?」
千「はいはい。……あのね?彼氏が最近妙に優しいのよ」
三「おお、それは……究極の二択やな。
最良の原因と最悪の原因がある、と思う」
千「話が早くて助かるわ。それ、どっちだと思う?」
三「俺は第三の要因、"気まぐれ"を用意するわ」
千「それもあるかと思ったんだけど、かれこれ一週間にもなるのよ」
三「んー。断言は出来かねるけど、千づっちゃんは前者がええんやろ?」
千「わかんないの」
三「へ?」
千「良い原因で喜べるのか、悪い原因で腹が立つのか。
どっちも想像したけど、どっちもしっくりこないの」
三「難儀なやっちゃなぁ。
そら彼氏に原因がある訳やないな」
千「どういうこと?」
三「千づっちゃんの最近の態度の方がまずかったんちゃうか?
例えば。デートの時に相手任せとかになってへんか?
彼氏の行動に気ぃ配ってるか?
そもそもその指輪。それ確か、前の彼氏にもろたもんやろ?」
千「そんな事は……ないと思ってるけど……。
指輪はだってコレ、お気に入りだし……」
三「細かいことを気にするような男はアカンて言うけどな。
それにどかっと胡坐かくのは女としてどうかと思う。
彼氏彼女の関係ゆうもんは二人で作るもんや。
"楽しい"ばっかり相手に求めてもあかんよ」
千「難しいなあ……できると思う?あたしに。」
三「出来るか出来へんかとちゃう。
やるかやらんかでもない。やる。その一択や」
千「人事だと思って。もう、三ちゃんの意地悪」
三「どぉいたしましてー。千づっちゃんやから言うんや。
しっかりと彼氏のこと見とったらええんよ」
千「最悪の原因だったらどうすんのよー。
浮気かも知れないじゃないの」
三「それもまた人生や。
でもま、浮気されるような女とちゃうよ。千づっちゃんは」
千「お気遣いどーも。本気で言ってる?ソレ」
三「疑うんか?俺が今まで嘘をついたことがあったか?」
千「日々あるわよ」
三「せやな。あるな」
千「アテにならないんだから、もう」
三「千づっちゃん、口あけ。はい、あーん」
千「え?あ、あーん。
……ん、このイチゴ甘くておいし」
三「それで勘弁しといて。恋愛ゆうのもそんな味やろ。
味わったらええんちゃうか」
千「……」
三「……」
千「あの、さ」
三「言うな。なにも言わんとってくれ」
千「……キザよね?コレ」
三「うわああぁぁ!!言うなって言うたやないか!!
自分でも寒いと思たんや今のは!!」
千「あはははははは!!キザ!キザったらしいー!!
誰に言おうかな!とりあえずユウでしょ?それに……」
三「頼む!後生や!こればっかりは許してくれ!」
千「んふふ……。ここのケーキ、美味しかったわよね?」
三「くッ。タダで食うケーキはさぞ格別やと思うよ……」
千「そうよね。はい、伝票♪」
人間一人を完璧に把握すること。
これはもう、不可能です。隣人であろうが、家族であろうが。
同じ常識を共有し、違う価値観を把握し、そのうえで関係を築く。ここに、日本文化特有の"空気を読む"が加われば、もう知恵の輪もびっくりな絡まり具合になることでしょう。
違う価値観を把握するにはどうするべきか。
自分の幅を広げるしかありませんやな。
そうやって幅を広げていくと、世の中のアレコレが面白くなっていく不思議。知らないものがある、知らないことがある。これは、まだまだ楽しみがそこらへんに転がっていることと同義です。