変わる女・千月
●某日、三衣宅にて●
三「で、もう準備は済んだんかいな」
千「んー、小物はあらかた」
三「俺は引っ越しの手伝いにはいかんでええんやろ?」
千「え、来てくれないの?」
三「こんなヒョロッとマンが行って何が出来る」
千「ほとんど捨てたから楽だってば」
三「そういやちょい前に流行ったのう。断捨離」
千「アタシは頑として捨てなかったなあ。
あのブームの時には」
三「俺はそもそも捨てるほどモノがあらへんかった」
千「それが今となっては……ねえ」
三「積みあがった蔵書。捨てきれん雑誌」
千「おまけにどこからか湧いてくるキッチン小物」
三「役に立つと思うとつい、なあ」
千「なんだかんだ言って、シンプルなものが一番用途が幅広いのに」
三「ええやないか。いつか使えるわい」
千「でた、でました。
それ、主婦がものを捨てられない時の常套句よ」
三「失敬な。俺はスーパーの袋は遠慮なく捨てるぞ」
千「じゃあさっさと棚にあるリラックマのスプーンを
アタシに寄越しなさい」
三「それが目当てか!あれは俺のお気に入りやぞ!
ちゃんとペアで揃えたっちゅうのに!」
千「三ちゃんが誰とペアで使うのよ!
ねー、ちょうだいよー」
三「ほな素直に最初から言うたらええのに。
わかったわかった。もっていけーぃ」
千「ひゅー、三ちゃんイイ男っ」
三「他には欲しいもんあるか?
この際なんでも言うたらええわい」
千「いやー、他には別に。
そんな三ちゃん汁のしみ込んだ家具とか
別に欲しくないし」
三「しばらく会わんうちに毒舌っぷりが磨かれとるのう」
千「今しか言えないもん。
しばらくは封印しないといけないと思うし」
三「ほぉん。そうまでしてしたいもんかねえ。
結婚は人生の墓場やと人は言うぞ?」
千「三ちゃんはすでに半分くらい生ける屍だけどね」
三「否定はできんなあ。ま、気にせんけども」
千「気にしなさいっての」
三「で、ええ人か?」
千「えー、前に連れてきたじゃない。
三ちゃんの眼にはどう映ったの?」
三「質問に質問で返すもんやないっちゅうに。
三衣センサーにはひっからんかったよ」
千「あてにならないセンサーだけどね」
三「そうか?人を見る目はあるつもりやけどのう」
千「えー、だって三ちゃんがダメ出ししたことってあった?」
三「あったあった。ほれ、前に派遣で仕事しとった時の」
千「あー。あれはでも、自分でもちゃんと気づいたし」
三「ほな最初っから付き合ったりするんやありません!」
千「反省しとります」
三「はい、よろしい。
まあ、なんや、その、あれや。頑張れ」
千「うっわ、激励ヘタクソ」
三「なんせ人生初の出来事やからのう」
千「アタシだって人生初の結婚よ?」
三「俺にとっては未経験の領域や。
故に、先達としてアドバイスできることがない。
気休めのガンバレ程度しか贈れんわけよ」
千「ん、それでじゅーぶん」
三「俺の立ち位置としては、あれか?
"千月はやらん!"的な小芝居する係か?」
千「や、変な方向に場が荒れるから却下で」
三「ごもっとも」
千「だいたい、一番説得するのに苦労したの誰だと思う?」
三「え、向こうの親御さんやないの?」
千「母さんよ。うちの。もー参った。
しつこく、本当にいいのかって聞くんだもん」
三「ほうほう」
千「そりゃあ、職場の人のご紹介ってやつだけどさ」
三「そら、悩んでるオーラが出とったんやろ。
けっこう鋭いからなあ。父さんと違て。
俺が家出る時も一番食い下がったのが母さんや」
千「あ、じゃあ性格みたいなもんなのかな?」
三「そういうことにしといた方がええやろ」
千「そっか」
三「しかしそうなってくると、俺も真面目にやらにゃあのう」
千「どして?」
三「これで俺がグダグダやってたら心配かけるだけや」
千「お、じゃあ三ちゃんも始めますか、恋人探し」
三「え?なして?」
千「え?今のそういう流れじゃなかったの?」
三「そんなわけあるかい。
俺を誰やと思っとるんや。
自分が大好きミツイ君やぞ」
千「否定できないけど、いいの?それで」
三「この価値観はそうそう変わらん。
ミツイの魂、百までって言うやろ?」
千「言わないけど、誰かが変えてくれることを祈ってる」
三「案外、あっさり変わるかもしれんぞ」
千「まさか。何年一緒だったと思ってるの。
あー、ならアタシのせいなのかなぁ」
三「何を馬鹿な。
ミツイの、ミツイによる、ミツイの為の人生の結果や。
俺はきっちりと人生を謳歌しとる」
千「そう言うと思った。
だから、私は謝らない」
三「おう、それでええ。これからは千づっちゃんの人生を
心ゆくまで謳歌してくれい」
千「ありがとう、三ちゃん」
三「どういたしまして」
千「じゃあ引っ越しの手伝いの件についてなんだけど……」
三「却下!
俺はノーと言える日本人です!」
環境が変わることは、誰にでも起こりえることです。
学生であれば進級や卒業。社会人であれば転職や退職、配置換え、転勤。人との出会い別れもその一部でしょう。
納得のいく変化も、そうでない変化もあることでしょう。
人生、一寸先は闇が世の常でございます。何が起きてもおかしくはないので、個人的には何が起きても平然としていられるのが理想です。
何があっても平然と文を書き続けられる鉄の意志。
これを一意専心だとか一心不乱だとか言う人もあるかも知れません。
否。三衣の場合はただの現実逃避です。
次回で三千世界の最終回でございます。
ミツイ先生の次回作にご期待下さい!




