第六部:"CHILDHOOD"
…………
僕は夢を見た。それが自分の経験から来る夢なのかは分からない。
恐らく自分である子供が砂場で鳥の絵を描いている。
僕が子供の頃の夢を見るのはこれが初めてである。
その横に僕とお揃いの服を着た少年の姿。
多分、これが亮なのだろう。
亮は砂場に数字を並べては、消している。
近づいてみると夢の中で僕は声をあげた。
彼が書いていたのは、「オイラーの多面体定理」だった。
オイラーの多面体定理と言うのは、膨らませると球になるような多面体の頂点、辺、面の個数をA、B、Cとすれば、A―B+C=2が成り立つという定理である。
今の僕なら分かるが、常識的に考えて、小学一二年生が
解けるような代物ではない。
むしろ、大学生でも解ける人間はほとんどいない。
それを何故、小学生が解いているのだろうか?
夢も中の僕は何も分からないのか、亮に話し掛けている。
「ねぇ亮。それなにが面白いの? 数字並べたって何も出てこないじゃん」
すると、亮は得意げに答えた。
「怜、これは位相幾何学の出発点の定理なんだ。これが解けるようになる事が、俺の今日の宿題だから」
「でも、こんなの小学校で先生に習わなかったよ」
亮は不思議そうに聞いた。
「怜は授業を聞いてるの? 分かってる事聞いたって意味無いだろ?」
「でも、僕は、お母さんから、きちんと人の話を聞きなさいって言われたよ」
亮は首を振って答えた。
「怜、大人になれよ、いつまでも母さんの言う通りにすることが、善じゃないんだ」
すると、急に地面が暗くなった。後ろに人が立っているのだ。
僕達の後ろに人が立っている。
「こら! 亮! なんて事を怜に教えてるの?亮もまだ子供でしょうが。まだ、一人で起きられない、料理も出来ないのに大人って言えるの?」
どうやら母親のようだ。僕は、母親の記憶がほとんど無い。
この夢で初めて母親を見た、が、顔が逆光で見えない。
「ごめんなさい、母さん。でも、学校の授業面白くないもん」
亮は拗ねたように答える。
すると、母親は亮の頭を撫でて言った。
「亮、早く大人になりたかったら人の気持ちを良く考え、人の言う事をしっかり聞くことが、一番の近道よ」
亮は頷いて母親の手を握った。
「さぁ、怜も帰るわよ。今日の夕食は二人の大好物のカレーよ」
僕らは母親の手を握って夕日を背に帰っていく。
すると場面が変わったように反転して、自分が部屋で寝ている場面になった。
誰かが僕の手を握っているのが分かる。
が、姿が分からない。
すると、僕の感覚が寝ている僕の中に入っていくような感覚があった。
手に暖かい感覚がある。とてもあったかくて、大きな手だった。
「父さん?」
僕が話し掛けると、影が答える。
「心配せずに寝なさい。明日も早いから……」
そこで、僕の意識はまた遠のいていった。
…………
「…きて……起きなさいって」
誰かが話し掛けているようだ。
だが体は石のように重たく動かない。
「ったく怜はいつになったら一人で起きれるようになるの? ホントに…子供なんだから……」
(なんだか懐かしい声だ……あ……母さんかな?)
「待って、母さん、もう少し寝させて……」
「何言ってるのよ。私はあなたのお母さんではありません」
(……は?どういう事だ?)
ここで僕は目が覚めた。
目を開けると蛍光灯に照らされた白い天井が見える。
眩しくて暫く目を細めていると急に布団を剥がされた。
暖かさが急に無くなって意識がはっきりする。
「はい、早く食堂に行くよ。私もお腹すいたから。」
これが彼女との出会いと言うか、再会だった。