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100回目の契約結婚 〜今度は殺される前に、旦那様を暗殺します〜  作者: 河野章


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9/9

最終章:錆びた鋸、血の通う朝

 嵐の後の静寂。

 エルナはベッドの下に転がった剪定鋸を、ぼんやりとした瞳で見つめていた。 キリアンは彼女の喉元に、自らその刃を押し込もうとする。

「……殺してくれ、エルナ。この絶頂のまま、君に終わらせてほしい」  

 だが、エルナの指先から力が抜けた。彼女は鋸を蹴り飛ばし、キリアンの涙に濡れた瞳を真っ直ぐに見つめた。

「……嫌よ。死なせてなんてあげない。あなたは生きるのよ。私を99回殺したその身体で、私を一生愛し続けなさい」  

 エルナは、キリアンの頬を両手で強く掴んだ。

「老いて、醜くなっていく私を、逃げずに見届けなさい。それが、私からあなたへの……最大の罰よ」

 翌朝、オズワルドが寝室を訪れると、そこには血の海の代わりに、互いの体温を分け合って眠る人間の姿があった。キリアンは契約終了の書類を自らの手で破り捨て、代わりに生涯の誓約という、ただの紙切れをエルナに手渡した。

「101回目の朝だね、エルナ」

「ええ、旦那様。……今日の紅茶は、毒が入っているかもしれないから、気をつけて召し上がれ」

 冗談とも本気ともつかぬ微笑みを交わし、二人は初めて、窓から差し込む老いていく太陽の光を、共に浴びた。  

 キリアンの腕の中で、エルナはそっと自分の腹部に手を添えた。  

 まだ誰も知らない。  

 99回の死を繰り返したこの肉体に、100回分の絶望を超えて、たった一つの光が宿ったことを。  

 二人の歪な愛が結実したその小さな命こそが、このループを終わらせる、本物の、そして唯一の「完成品」だった。

 庭では、昨日投げ捨てた剪定鋸が、朝露に濡れて赤く錆び始めていた。  

 不変の美しさなど、もういらない。  

 朽ちて、老いて、血の通う日々を。  

 二人の「人間」の物語が、今、本当の幕を開けた。

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