序章 100回死んだ花嫁と死の貴公子
新しく恋愛ファンタジーを書いてみました!普段はBLでの恋愛ものしか書いてこなかったのでシックハックでしたが、何とか完結できましたので是非読んでみてください!コメント、感想いただけると嬉しいです!
鏡の中に映る自分は、まるで精巧な死に装束を纏った人形のようだった。
(エルナ・ヴァン・アシュレイ、私は死に戻りの花嫁……)
純白のレース、輝き波打つ銀髪に窓から差し込む祝福の光。けれど、エルナの陶器のように白い肌には、今もなお「前回の死」の感触がべったりと張り付いている。
ドクン、と心臓が跳ねる。首筋を鋭利な刃で裂かれた、あの熱い痛み。肺が凍りつくような、毒の痺れ。あるいは、高い塔から投げ出された時の、内臓が浮き上がるような浮遊感。
(これで、百回目……)
エルナは、震える指先で自分の喉をなぞった。そこには傷ひとつない。だが、彼女の記憶の中には、九十九通りの「自分の死に際」が、色鮮やかな標本のように並んでいる。
事の始まりは、一通の「契約書」だった。没落寸前のアシュレイ家を救う代償として、辺境公爵のキリアン・フォン・ドレッドリッヒ公爵が提示した条件は、あまりに奇妙なもの。
『一年間、私の妻として完璧に振る舞うこと。期間を全うすれば、全借金を肩代わりし、自由と莫大な慰謝料を約束しよう』
愛のない、金と利害だけの婚姻。最初、エルナはそれを地獄からの救いだと信じていた。 けれど、この契約には、血塗られた裏面があったのだ。
この世界は、残酷な砂時計だ。契約結婚のさ中、彼女は必ず、愛を誓ったはずの夫・キリアンの手によって殺される。そして絶命した瞬間、意識は弾かれたように「結婚式の朝」へと引き戻されるのだ。
逃げ出そうとしたこともあった。だが、屋敷の門を潜る前に馬車が暴走し、あるいは見知らぬ賊に刺され、結局は「死」という名の強制終了を経て、この鏡の前に連れ戻される。
このループに、出口はない。キリアンという怪物を倒すか、あるいは彼に「殺したくない」と思わせるほど愛させるか。
コツ、コツ、と廊下に響く足音が、エルナの思考を現実に引き戻した。 九十九回聞いてきた、死神の足音。
扉が開く。
「準備はいいか、エルナ」
現れたのは、氷の彫刻のような美貌を持つ男。つややかな黒髪がわずかに額へ落ちかかりそのミッドナイトブルーの冷たい瞳に影を落としている。
(今度こそ……このキリアン・フォン・ドレッドリッヒ公爵の最後の妻に、私はなる)
彼はエルナの背後に立つと、手袋を嵌めた指先で彼女の細い首筋をなぞった。当然のように彼女の隣に並び、鏡越しにその瞳を覗き込む。
(ああ、なんて綺麗な目)
エルナは、恐怖を「愛」という名の仮面に塗り潰した。何度も殺され、摩耗し、ついには壊れてしまった彼女の心。けれど、その破片は今、かつてないほど鋭利な武器となって研ぎ澄まされていた。
今夜、この指が力を込め、彼女の命を摘み取ることをエルナは知っている。
「エルナ。今日から一年、君は私の所有物だ。契約通り、従順な妻を演じてもらおう」
その低く、甘い声。エルナは震える肩を抑えるふりをして、ゆっくりと振り返った。伏せた銀のまつ毛を震わせ、顔を上げた瞬間の角度。それは、37回目のループで彼が最も「食い入るように自分を見た」角度だ。
「……はい、旦那様。一生、あなたから離れないと誓いますわ」
エルナの唇が、愛の言葉を紡ぐ。だが、その内側では、ドロリとした昏い愉悦が鎌首をもたげていた。キリアンは思ったとおり食い入るように自分の妻になる女を見つめている。
エルナは、微かな微笑みを浮かべて彼の手を取った。その指先が、死の恐怖にではなく、獲物を追い詰める歓喜に震えていることに、まだキリアンは気づいていない。
百回目の死のワルツが、今、静かに始まった。




