未満の恋
「彼氏ができない……」
天川琳寧は昼休み、中庭のベンチに座って空を眺めていた。
膝には数学のワーク、手にはペンを握っている。
ご飯を食べ終わってから、未提出課題をやっているようにしか見えない。
琳寧が言うように、高校生とは彼氏ができてもいいお年頃。
なのに、琳寧には彼氏の一人ができない。
「あれ?この人私のこと好きなの?って思ったら翌日、全員が私を避けるようになる!!なんだこの状況!!おかしいだろ!!」
「おかしくないだろ。間違っても琳寧に自分が気があると勘違いされたら誰でも距離置くわ」
琳寧にド失礼なことを言う男は琳寧の幼馴染の林原燈也。
昔から琳寧を揶揄ったり馬鹿にしたりしているため、琳寧からの評価は地にめり込みそうなほど低い。
「ねぇ、あんたはいつになったら私に毒を吐かなくなるの?」
「一回死んだら、かな」
「じゃあ早く死んでくれ」
一見するととんでもない会話だが、二人は別に本気で言っているわけではない。
琳寧の「早く死んでくれ」は中学生男子が言う「死ね」と同じ意味を持つ。
琳寧は少しイタズラに笑った。
「死んだら輪廻転生して戻ってきてね?」
「おうよ」
二人は微笑みあった。
さっきの会話からは想像ができないほどに、二人はお互いを大切に思っている。
「そんじゃ、私数学の課題提出してくるね」
琳寧はワークを閉じて立ち上がった。
燈也はその言葉に首を傾げた。
「数学、課題出されてたっけ?」
「一ヶ月前の課題」
「ドアホッ!!」
「わー!燈也がいじめるー!」
「いじめてねぇよ!!」
琳寧は逃げるように校舎内に走っていった。
燈也はため息をついて食べかけのサンドイッチに再び手をつけた。
◇◆◇
「琳寧はいつになったら俺の出した課題を提出期限に出してくれるのかな?えぇ?」
「あ、多分一生ないと思います」
「断言すな」
数学の先生はすごい顔でツッコミを入れた。
琳寧はそんなこと言われてもみたいな顔をしている。
琳寧は中学生の時から数学が苦手で、提出物もろくに出さずにいたから、数学だけ成績に一がついていた。
「とにかく、お前は夏休み前半の一週間補習受けに来てもらうからな」
「えぇ〜!?そんな無慈悲な!!」
「いや、宿題出さんお前が悪いだろ」
「それを言っちゃあおしめーだ」
「「あははははは」」
「補習は来いよ?」
クソ、話を逸らしたと思ったのに。
と琳寧は軽く舌打ちをした。
「じゃ、帰りますんで」
「あ、待て」
先生が止めると、琳寧はあからまさに嫌そうな顔をした。
それを見るなり、先生はドン引きした顔をした。
完全にメンチの切り合いになっている。
「お前、二章振り返りは――」
「失礼しました」
「あ!おい!天川!!」
琳寧は先生の話を最後まで聞かずに職員室を後にした。
生徒としてはあり得ない対応だが、教師陣は慣れたので注意などはしない。
先生が優しいから注意しないと言ったらいいのか、先生が無責任だから注意しないと言ったらいいのか。
どちらが正しいかは分からない。
「全く、先生も諦めてくれればいいのに。私が課題をちゃんと出した試しなんてないのに」
ブツブツ言いながら琳寧が廊下を歩いていると、とある男子生徒と遭遇した。
男子生徒はとんでもなく顔を歪めて、Uターンをしようとした。
琳寧はすかさず手を掴んだ。
「佐々木くん」
「いや、人違いです」
「佐々木くん、あなた私に気があるよね?」
「唐突!!」
佐々木は声を裏返らせ、掴まれた手を引っ込めようとした。
しかし、琳寧の握力は意外と強い。
「ちょ、離して。ほんとに人違いだから」
「またまた〜。さっき私のこと見て、三秒で目逸らしたよね?あれは意識してますのサインでしょ」
「違う!あれは危険察知能力が働いただけ!」
廊下の端、微妙に人通りのある場所。
数名の生徒が「うわ……」という顔で遠巻きに様子を見ている。
「ほら見て!またそうやって私から逃げようとする!」
「逃げてるんじゃなくて、避難!避難行動だから!」
「じゃあ聞くけど、私のこと嫌い?」
「……き、嫌いでは、ない、ですけど……」
一瞬の沈黙。
琳寧の目が、きらっと嫌な光を帯びた。
「つまり好きなんだ!」
「飛躍がエグい!!」
佐々木は頭を抱えた。
なぜこんな公開処刑みたいな目に遭っているのか、自分でも分からない。
「天川さん、頼むからその好き=即告白フラグ成立みたいな思考やめてくれ」
「えー?だって今までの統計上、そうだったもん」
「その統計、母数少なすぎるよ!?」
佐々木の言うことはごもっともである。
現に、琳寧が気があると判断した人はすぐさま避けるから、まず母数が1あるかないかと言うところから審議が始まる。
琳寧がなぜここまで恋愛脳なのか。
それは少女マンガ好きだからとしか言いようがない。
「俺は天川さんのことが嫌いではない。どちらかと言うと好きだ」
「告白!?」
「違うから!最後まで聞いてくれないかな!!」
佐々木は必死だった。
廊下の空気が完全に「告白イベント発生中」になっているのを、全身で否定したかった。
「俺が言ってる好きは、その……クラスメイトとして!人としてのだから!」
「え〜、急に保険かけてきた」
「保険じゃない!説明!」
琳寧は腕を組み、じっと佐々木を見つめる。
「つまり、優しくて面白いクラスメイトとしては好感度高いけど、恋愛ルートには入ってません。ってこと?」
「そう!それ!」
「ふーん……」
琳寧は少し不満そうに唇を尖らせた。
「じゃあ、私が告白したらどうなるの?」
「……しない前提で話していい?」
「仮定だよ仮定」
「……多分、全力で謝る」
即答だった。
「うわ、即死判定」
「いや、だって今の俺にはその覚悟がないし」
「覚悟制なの!?恋って!?」
佐々木は肩をすくめた。
「天川さんってさ、距離が近いんだよ」
「物理的?」
「心理的。三段階くらいすっ飛ばしてくる」
「効率重視です」
「人の心はショートカットできないから!」
二人の掛け合いはまるでコントである。
観客はあー、また天川が変なこと言うとるわくらいでしか見ていない。
「マジで!俺、あいつに勘違いだけはされたくないんだよ!」
「あいつ?」
「林原だよ!あいつ、お前のこと――」
「あれー?佐々木くん、琳寧に絡まれるなんて災難だねー」
佐々木の肩を燈也が叩く。
ギギギッと振り向いた佐々木はこの世の終わりのような声を出した。
「は、はは……林原……」
「なにその死人みたいな顔」
燈也はいつも通りの軽い口調だったが、目は笑っていない。
佐々木の肩から手を離し、琳寧と佐々木の間に自然と割り込む。
「昼休みに廊下でコントとは、なかなか元気だな?お前ら」
「ち、違うんだ林原!これは誤解で!」
「誤解?何が?」
燈也は首を傾げる。
その仕草は穏やかなのに圧がある。
「いや、その……天川さんが……」
「琳寧が?」
名前を呼ばれ、琳寧はきょとんとした顔をした。
「佐々木くんがね、私のこと好きかもって」
「言ってない!!」
即座に否定する佐々木。
燈也は一瞬だけ目を細め、それから大きくため息をついた。
「あー……なるほど」
「なるほどって何よ」
「いつものやつか」
琳寧はむっとする。
「なにその言い方」
「事実だろ。で?」
燈也は佐々木を見る。
「途中まで聞こえたけど、お前、変なこと言いかけただろ」
「い、言ってない!」
「止める前に地雷踏みかけてたけどな」
佐々木は顔を青くした。
燈也は肩をすくめる。
「だから言っただろ。琳寧は恋愛フィルターが常時最大なんだって」
「失礼すぎ!」
「否定できないのが問題だろ」
琳寧は悔しそうな顔をする。
二人のやり取りを見て、佐々木はようやく悟ったように息を吐いた。
「……あ、あのさ」
「ん?」
「林原。俺、別に天川さんに変な気持ちはないから」
空気がほんの一瞬だけ張り詰めた。
「じゃ、俺はこれで!」
変な空気になったのが気まずいと思ったのか、佐々木は爆速で逃げた。
残された二人。
しばらく沈黙が落ちたあと、琳寧がぽつりと言った。
「……私さ」
「ん?」
「やっぱ、変なのかな」
燈也は少しだけ考えてから答えた。
「変っつーか、不器用」
「同じじゃん」
「違う」
燈也は琳寧の頭を軽く小突く。
「勘違いするほど真剣ってことだろ。俺は悪くないと思うぞ」
「……慰め下手か」
「褒めてる」
「嘘くさ」
琳寧は空を見上げ、ふうっと息を吐いた。
「彼氏、できる気しないんだけど」
燈也は少し間を置いてからいつもの調子で言った。
「焦るな。そのうちできる」
「根拠は?」
「……少なくとも」
燈也は視線を逸らす。
その耳は少しだけ赤い。
「俺は今も逃げてない」
琳寧は一瞬だけ目を見開き、すぐに笑った。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
二人は並んで教室に歩き出した。
恋はまだ始まらない。
でも、逃げない距離だけはそこにあった。
みなさんこんにちは春咲菜花です!!現代すれ違い短編ラブコメでーす!!異世界系のネタばっかでてきて、最近他の小説書いてないなーと思って書きました!!今後二人はどんな関係になっていくのか、もしかしたら続きを書くかもしれませんが、今のところその予定はありません。この後は皆さんのご想像におまかせします!最後まで見てくださり、ありがとうございました!良ければグッド、評価、レビュー、感想、リアクションください!!




