第79話 選ぶ世界
世界は、一つの形にはならなかった。
境界管理体制は、確かに広がっている。装置は増え、技師は育ち、制度は洗練されていく。多くの街が、それを選んだ。安全で、効率的で、責任の所在が明確だからだ。
だが、すべてではなかった。
「この街は、全面導入です」
都市部では、境界管理が前提になっていた。装置のない場所は、それだけで不安視される。
「なぜ、置かない。危険じゃないのか」
そう問われて、地方から来た代表は肩をすくめた。
「危険ですよ。でも、それも含めて選んでるんです」
管理を選ぶ街。部分的に選ぶ街。最低限しか使わない街。どれも、消えてはいなかった。
「……混乱しませんか」技師団の若手が、エルドに尋ねる。「統一した方が、楽でしょう」
エルドは、少し考えてから答えた。
「楽だろうね。でも、世界は、楽を選ばないこともある」
その言葉は、かつての彼なら口にしなかったものだ。管理が進むほど、選ばない理由のほうが、かえって目につく。被害の出る街。復旧に時間のかかる街。非効率な判断を繰り返す街。それでも、消された街は一つもなかった。
夜。丘の上で、アレンは街の灯を眺めていた。均一ではない。まばらで、不揃いで、明るさもばらばらだ。
「……バラバラだな」
旅装の男が、隣で言う。
「……ああ」
「統一しないのか」
「しない」アレンは即答した。「できるだろうが、しない」
「なぜだ」
「選ぶ余地が、消える」
管理された安全と、不完全な自立。どちらも間違いではない。だが、一つにまとめた瞬間、選び直す可能性のほうが消えてしまう。
「世界は、選び続ける場所だ」アレンは、静かに言った。「正解を固定したら、それはもう、世界じゃない」
旅装の男は、何も言わずに頷いた。
遠くで、鐘が鳴る。どこかの街で、境界が出たのだろう。管理されるか、人が動くか、あるいは両方か。その答えが街ごとに違うことを、鐘の音はいちいち報せてはくれない。
鐘のあとに、街の側から人の名を呼び合う声が幾つも上がった。その中に、アレンの名も混じっている。呼ばれる側でいるうちは、まだ間に合う――そう思うことにした。
不揃いな灯は、夜が更けても、ひとつも同じ色にはならなかった。ただ、いちばん遠く――外縁のあたりに滲む一点だけが、他のどの灯とも違って、揺らぎも瞬きもしない。消えているのではない。ただ、静かすぎた。その静けさから、アレンはしばらく、目を離せずにいた。
揃わなかった世界を、ひとまず一望します。次話、まだ見ていない“向こう側”の気配へ。




