第71話 ハインツの警告
ハインツがギルドに現れたのは、夕方だった。
珍しく、武装していない。
剣も、盾も、背負っていない。
その姿だけで、
場の空気が、少し変わった。
「……久しぶりだな」
「ああ」
互いに、それ以上は言わない。
ハインツは、まっすぐ俺を見る。
「境界管理」
「始まったそうだな」
「見ていたか」
「踏む側は、敏感なんだ」
彼は、苦く笑う。
「“空気”が変わるのがな」
ロイドが、警戒気味に言う。
「問題があるのか?」
「問題は」
ハインツは、首を振った。
「今は、ない」
その一言が、重い。
「装置は優秀だ」
「判断も減った」
「事故も減った」
「……理想的だよ」
だが、と続ける。
「俺たちの“踏み方”が、変わった」
リーファが、息を呑む。
「どういうことですか?」
「踏む前に」
ハインツは、床を見つめる。
「考えなくなった」
「以前はな」
「踏むたびに、覚悟した」
「何を失うか」
「それでも、やるか」
「今は」
彼は顔を上げる。
「“管理があるから大丈夫”と思える」
沈黙。
それは――
安全で、合理的で、正しい。
だが。
「……それの、何が問題だ」
ロイドが、低く聞く。
「覚悟が、消える」
ハインツは、即答した。
「踏む側はな」
「覚悟がないと、壊れる」
「失うものが、分からなくなる」
俺は、静かに言った。
「代償を、管理できると思い始める」
「そうだ」
ハインツは、頷く。
「そして、必ず踏み越える」
エルドが、その場にいた。
「……それは、感情論です」
彼は、穏やかに言う。
「代償は、統計で予測できます」
「減らせる」
「制御できる」
ハインツは、エルドを見る。
敵意はない。
怒りもない。
ただ――
同情に近い目だった。
「制御できると思った瞬間」
「人は、もっと踏む」
「俺は」
ハインツは、胸に手を当てる。
「踏むことを、選び続けてきた」
「だから分かる」
「踏む奴ほど、危うい」
エルドは、言葉を詰まらせた。
反論できない。
だが、引く理由もない。
「……止めろと?」
俺が聞く。
「いや」
ハインツは、首を振る。
「止めるな」
「止めれば」
「あんたが、中心になる」
「ただ」
彼は、真剣な目で言った。
「覚えておけ」
「踏む側が」
「“守られている”と感じ始めたら」
「終わりだ」
それだけ言って、背を向けた。
夜。
丘の上で、風に当たっていると――
「踏む側からの否定か」
旅装の男が、低く言う。
「……ああ」
「皮肉だな」
「皮肉だ」
踏まない者が警告し、
踏む者が止める。
世界は、単純じゃない。
「……管理は、間違っていない」
「間違ってない」
男は、頷く。
「だが」
「踏む覚悟を」
「肩代わりし始めたら」
「必ず、歪む」
俺は、目を閉じた。
便利な仕組みは、
善意で作られ、
善意で使われる。
だからこそ――
壊れる時は、遅い。
追放された無能魔術師は、この日、
**境界管理の最大の危険が、
“踏む者を守ってしまうこと”だと知った。**
それは、
誰も望んでいない結末へ、
確実に近づく兆しだった。
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