↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された無能魔術師、実は全属性適性だったので辺境で最強になります  作者: 蒼月アルト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/121

第57話 それでも踏む者

 その依頼は、ギルドの正式書式で届いた。だが、綴られた文面は妙に短い。


件名:境界使用を伴う救助

依頼主:ハインツ

備考:結果は、すべて自己責任で引き受ける


 ロイドが、無言で紙の端を指で押さえたまま俺を見た。


「……俺に、止めろと?」


「いや」ロイドは首を振る。「“知っておいてほしい”だけだろう」


 俺は紙を静かに畳んだ。止めるためでも、手を貸すためでもない。ただ、見届けるために行く。


 現場は、崩れかけた谷道だった。転落した荷車が斜面の途中で裂け、その下に人が取り残されている。石がぱらぱらと落ち続け、足場は今も痩せていく。時間はなかった。


「……踏むぞ」


 ハインツはそう言って、俺を見た。値踏みする目ではない。確かめる目だ。


「止めないか?」


「止めない」


 即答だった。


「理由は?」


「それを選んだのは、お前だ」


 ハインツは短く笑い、喉の奥で「……だよな」と零した。


 次の瞬間、彼は境界を踏んだ。空気が歪み、距離が縮む。ありえない速さで、彼の姿が谷底へ滑り落ちていく。


 数分後、救助は成功した。取り残された二人は、生きている。


 だが――谷を這い上がってきたハインツは、片手で胸を押さえ、荒く息を乱していた。


「……来たか」


「何を、失った」


 俺が問うと、ハインツは少し考えてから答えた。


「……娘の、声だ」静かな声だった。「顔は覚えてる。名前も分かる。だが、声だけが、どうしても思い出せない」


 リーファが、唇を噛む。


「……それでも、ですか」


 ハインツは、谷の下へ目をやった。助けられた二人が、抱き合って泣きながら礼を繰り返している。


「……それでも、だ」


 迷いはなかった。


「俺は今日、踏んでよかった」


 俺は、何も言わなかった。言える言葉が、なかった。


 帰り道、リーファが静かに口を開く。


「……間違っている、とは言えません。でも、正しいとも言えない」


「それでいい」


 世界は、白か黒で塗り分けられてはいない。


 街へ戻る丘の手前で、旅装の男が風上に立っていた。


「見届けたな」


「……ああ」


「どう思う」


「尊敬はしない。否定もしない」俺は言葉を選ぶ。「ただ、重い選択だ」


 男は、ゆっくり頷いた。


「それが、正解だ」


 ハインツは、これからも踏むだろう。俺は、踏まない。同じ世界で、違う道を歩く。それだけのことだ。


 だが今日、その違いの輪郭が、以前よりくっきりと手に触れた。娘の声を失ってなお「よかった」と言い切れる者がいる――その事実を否定せずに抱えたまま、俺は自分の道を選び直す。


 別れ際、ハインツが俺に頭を下げた。踏む者が、踏まない者に。その順序が逆でないことに、しばらく言葉が出なかった。


 次にギルドの扉を叩くとき、俺が受けるのは、きっと誰の声も奪わない依頼だ。

使えば助かる。失うものもある。――その二択の外を、次話で探します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。