第55話 譲れない線
ハインツが去ったあと、
ギルドには妙な静けさが残った。
誰もが、考えている。
――どちらが正しいのか。
だが、
答えは出ない。
それでいい。
「……重い話でしたね」
リーファが、ぽつりと言う。
「ああ」
俺は、椅子に腰を下ろす。
「正論同士がぶつかると」
「どっちも、簡単には折れない」
ロイドが、腕を組んだ。
「だが」
「お前は、一歩も譲らなかった」
「譲れないからな」
「どこが?」
その問いに、
俺は少しだけ考えた。
「境界を使うこと、じゃない」
ロイドとリーファが、俺を見る。
「他人に、踏ませることだ」
言葉にした瞬間、
自分でも、はっきりした。
「俺が踏むかどうかは」
「俺の責任だ」
「だが」
「誰かに“踏める”と教えた瞬間」
「その結果を、俺は背負えなくなる」
リーファが、静かに言う。
「……選択を、奪うから」
「そうだ」
踏めると知った時点で、
人は、踏むかどうかを選ばされる。
知らなければ、
その選択自体が存在しない。
「境界は」
俺は続ける。
「“知らないままでいられる人間”がいることで、保たれる」
「それを壊すのが」
「一番、やっちゃいけないことだ」
ロイドは、深く息を吐いた。
「……お前は」
「世界を守りたいんじゃないな」
「違う」
即答だった。
「俺は」
「人を守りたい」
「世界は」
「人が選んだ結果で、どうにでもなる」
「だから」
「選び方だけは、壊させない」
その夜。
丘の上で、
一人、風に当たっていると――
「線が、はっきりしたな」
旅装の男が、現れる。
「……ああ」
「境界を踏むこと自体は、否定しない」
「だが」
「踏ませることは、絶対にしない」
「それが」
男は言う。
「お前の“譲れない線”だ」
「……踏む人間が、増えたら?」
「止めない」
正直に答えた。
「止められないし」
「止める権利もない」
「だが」
「俺は、踏まない」
「踏ませない」
男は、しばらく黙っていたが――
やがて、小さく笑った。
「それでいい」
「中途半端で」
「矛盾している」
「だが」
「だから、壊れない」
風が吹く。
男の姿は、消えた。
翌朝。
ギルドの掲示板に、
新しい依頼が貼られていた。
件名:境界異常調査
備考:境界使用を前提としないこと
ロイドが、俺を見る。
「……影響、出てるな」
「ああ」
誰かが、
勝手に線を引いた。
それでいい。
追放された無能魔術師は、
この日――
自分が守りたいものが、
“境界そのもの”ではなく、
“人が選ぶ余地”だということを、
完全に理解した。
それがある限り、
世界は、歪んでも壊れない。
彼は、そう信じていた。
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