第39話 不在の影響
その知らせが届いたのは、翌日の昼だった。
「……北の集落で、問題が起きた」
ロイドが、重い声で切り出す。
「魔物被害じゃない。だが、住民が数人……行方不明になった」
嫌な予感が、首の後ろを冷たく撫でた。
「場所は?」
「旧鉱道跡」
ロイドは、俺の目を見て続けた。
「……お前が、断った依頼の場所だ」
俺は黙って地図に視線を落とす。昨日、掲示板にあった依頼。“助言のみ”を求めた、あの案件だ。
「誰が対応した?」
「別の冒険者パーティだ。腕は、悪くない」
ロイドは続ける。
「だが、“何も異常はない”と判断して、帰った」
俺は目を閉じた。責める気はない。彼らには、見えなかった。見えるはずもないのだ。
「……被害の状況は」
「夜になって、集落の外れで、急に音が消えたらしい」
その一言で、答えは決まっていた。あの時、森で子供が言っていた感覚と同じだ。
「……行きます」
ロイドは頷いた。
「だろうな。だが、気をつけろ。今回は、お前が“選ばなかった場所”だ」
現地は、重苦しい空気に包まれていた。泣き声。押し殺した不安。だが、不思議と怒りはない。
住民の一人が、俺に深く頭を下げる。
「……あんたが、来てくれてよかった」
「遅れました」
それだけ言って、俺は周囲を見た。魔力は正常。地脈も安定している。だが、世界の“膜”が、ここだけ薄く弱くなっていた。
「……リーファ。無理に近づくな」
「はい」
意識を研ぎ澄ます。力は使わない。流れも変えない。ただ、境界の“ずれ”を認識する。
しばらくして、空気がほんの一瞬、揺れた。
「……あった」
倒壊しかけた坑道の奥。そこだけ、音が消えている。
俺は一歩踏み出す。次の瞬間、景色が反転し――すぐに、戻った。
坑道の奥には、二人の住民が倒れていた。息は、ある。
「……大丈夫だ。もう、戻れる」
応急処置を施し、境界の“歪み”を静かに均していく。数分後、坑道の奥にも音が戻った。
外で待っていた住民たちが、息を呑む。
「……何が、起きてたんですか」
問いに、俺は正直に答えた。
「境界です。魔物でも、呪いでもない」
ざわめきが広がる。
「じゃあ……誰が、悪いんだ?」
「誰も」
俺は首を振った。
「ただ、気づける人間が、いなかった」
沈黙が落ちる。その言葉は、責めではない。ただの事実だった。
帰り道。リーファが、迷いを声に滲ませて聞いてきた。
「……断って、よかったんですか?」
俺は少し考え、答える。
「断ったことは、間違ってない。でも、俺が“いない”場所では、被害が出る」
それが現実だ。力を持つということは、選ばなかった場所にも、影を落とす。それでも、全部は背負えない。だからこそ、線を引いた。
リーファが、半歩だけこちらへ寄って、そのまま止まった。並ぶでもなく、離れるでもない。何も言わずに、俺の歩幅にだけ合わせて歩き続けた。
みぞおちのあたりに、鉛を飲んだような重さが残っていた。それを抱えたまま、俺は冒険者でいることを選ぶ。この重さごと引き受けることが、たぶん、線を引くということなのだろう。
次話、“管理”が人の口に上り始めます。この物語の後半を丸ごと動かす二文字です。




