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ダイヤモンドの婚約者~色褪せないきみと、いつか巡りあう日まで~  作者: 夜音
第1章

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3/14

3 ダイヤモンド

 その瞬間、エウリラの体は足先から次第に体温が消えていく。氷の塊を押しつけられている違和感。言い知れぬ恐怖に呼吸が乱れた。


 静寂を破るざわめき――小さな悲鳴やエウリラの名を呼ぶ声が参列席から聞こえてくる。青ざめた顔で震える者、恐怖に顔を背ける者、誰もがその場を動けず、固唾を飲んでいた。


 さむい、こわい、いやだ。


 逃げ出したくても足はその場に縫い付けられたかのように動かず、身動きが取れないまま体温と感覚を奪われていく。震えたくても固まってしまった体は震えることさえできない。ただ恐怖に心が支配されていった。


 ゆるやかに広がるシルクの裾が、ゆっくりと、けれど確かに透けていく。


 ……もう元には戻れない。


 エウリラは信じられない現実を前に、深い絶望に打ちひしがれた。


 何故?フィクシス様の愛が、偽りだったと言うの?そんな……そんな、嘘よ。


 だけど……。


 混乱する思考。それでも必死に優しくまっすぐな婚約者の愛を信じるエウリラだったが、胸の奥に仕舞っていた小さな不安が溢れだす。


 私は愛されてなかったの?だから、梟の刺繍ではなかったの?


「フィクシス様、お願い、助けて! フィク……シ──」


 耐えきれず助けを求める曇りのない澄みきった声が、硬質な音へと変化していく。ついには言葉を紡ぐ唇も固まってしまう。


 悲痛な叫びに、フィクシスが青ざめた表情で息をのむ。エウリラの周囲にはダイヤモンドの粒が舞い、白い肌は神々しいまでの輝きを帯び次第に色を失っていった。


「ち、違う! 違うんだ、エウリラ」


 それは自らの罪が招いた結果だと悟り、激しい後悔が胸を強く握り潰そうとする。


 とにかく助けたくて手を伸ばすが、彼女の体は淡い光を放ち、ピキピキと音を立てながら硬直していく。


 まだ人の温もりが残る両の手を確認するように掲げるエウリラの視界に、袖を飾る金糸のスズランが入る。既にダイヤモンドとなった心が砕け散りそうだった。


 白く小さなベル型の花と、先の尖った葉──違う。


 先端が丸みを帯び横へと入る縞の模様に、エウリラの瞳が大きく見開かれる。


 これは、スズランの葉ではなく、梟の羽根。


 フィクシス様の愛は真実だった。


 でも、それなら──


 溢れる涙は、床へとこぼれ落ちることなく頬の上で凍てついた。


 儀式の間に絶望に満ちたフィクシスの叫びと、参列者たちの悲鳴が不協和音として響き渡る。


「ごめん……ごめん。許してくれ、エウリラ……」


 ふらつく足で駆け寄り抱きしめたエウリラに、もはや体温も鼓動もない。柔らかな肌は失われ伝わるのは無機質な硬い感触だけ。


「――どうか……信じてほしい、愛してるのは君だけだ……!」


 フィクシスの声が果たしてエウリラに届いたのかは、彼にもわからなかった。


 参列席ではラケルタが愛娘が宝石へと変わる光景に耐えきれず、意識を失い床へと崩れ落ちた。友人たちは顔を覆って涙を流しエウリラの名を呼ぶ。


 国王ディナトスが、努めて冷静な表情で静かに立ち上がる。彼は、タイモンへと視線を送り小さく右手をあげる。さらに後ろに控える宰相ネストルを一瞥し、微かに頷いた。


 衝撃的な出来事に呆けていたタイモンだったが、ディナトスの意図を汲み取ると、簡潔かつ厳格な言葉で参列者に告げた。


「この儀式は中断といたします。参列者の皆様には、速やかにご退席をお願い申し上げます」


「真実の愛ではなかったのよ」「呪いは実在したのか」「王家の醜聞だ」と、疑惑と好奇の声が交差し、異様な空気が広がる。


 王太子リンクスは席を立つと、弟やエウリラへと無遠慮に好奇の視線を向ける大臣たちを冷酷な表現で一瞥した。リンクスからの無言の圧力から逃げるように大臣が退出の列に加わる。


「皆様、お静かに。国王陛下の命により、大広間へとご移動願います」


 ネストルは参列者たちを取り纏めるため儀式の間の入り口に立ち、参列者たちは困惑と動揺の表情で次々と立ち去る。


 恐怖から泣き崩れ動けなくなっている令嬢たちに、王太子妃が自らも血の気の引いた表情でそっと寄り添い他の参列者の後に続いた。


 喧騒が遠ざかり儀式の間は静寂に包まれる。大理石の祭壇に鎮座するダイヤモンドだけが、冷たい光を放ち静かに佇んでいた。


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