2 婚姻の儀
王妃ペルフィナをモチーフとしたステンドグラスが儀式の間を見下ろす。その手前にある大理石の祭壇に控えめに鎮座する『ペルフィナの涙』が、これから執り行われる婚姻の儀を見定めるように揺らめいている。
祭壇の脇には白いローブを身に纏った神官長タイモンが佇んでいる。彼の背後には、対で置かれた銀の燭台が煌々と燃え炎を揺らしていた。
タイモンの手には、細かな彫刻の施された木製の杖が握られている。その頂きには国名にもなった大ぶりのアメトリンが、紫と黄金の神秘的な輝きを放っていた。
ステンドグラスを背にして、祭壇の前に立つエウリラ。これから夫となるフィクシスの瞳の色を思わせるサファイアの装身具。首飾り、耳飾り、そして頭上のティアラ。プラチナの台座に嵌め込まれた、一粒一粒が燭台の炎に照らされ清らかに輝いている。
光沢を放つ絹のドレスは首元まで覆う上品なスタンドカラー。その胸元には小さなサファイアが無数に散りばめられ、肩口から手首を覆うレースと腰から裾まで緩く広がるスカート部分は金糸で刺繍されたスズランが咲き誇っていた。
艶やかな栗色の髪をゆるく結い上げたエウリラは、温かな蜂蜜色の瞳をわずかに揺らしながらも前を見据えていた。
……大丈夫、きっと、大丈夫だわ。
この国の民なら子供でも知る王妃ペルフィナの悲劇。愛する人に裏切られ、命を奪われた王妃の涙だというダイヤモンドを前にし、恐ろしくないといえば嘘になる。
エウリラは気持ちを落ち着けるように小さく深呼吸すると、祭壇を挟んで向かいに立つフィクシスへと視線を向けた。
柔らかなアッシュブラウンの髪の隙間から、蒼玉の瞳がエウリラをまっすぐに見つめ返す。優しい笑みを湛えた彼の唇が、声には出さず『大丈夫』と告げ頷いてみせた。
結局、エウリラもフィクシスも婚姻の準備や手続きに追われ、何故、梟ではなくスズランの刺繍なのか、直接聞けずに今日を迎えてしまった。
私の不安を和らげようと微笑み、頷く彼の優しさ。フィクシス様はいつも私を静かに温かく支えてくれる。呪いの存在は恐ろしい、それでもこの方の愛を信じたい。この方に一生を捧げたい……。
祭壇を囲むように重厚な木製の長椅子が整然と並ぶ。
最前列には国王夫妻、王太子夫妻、アステリアス伯爵夫妻とその息子ファルが凛とした面持ちで座している。その後ろには親しい友人、さらに後方には国の要職たちが、神妙な顔つきで列席していた。
コツン、コツン。
タイモンが杖を床に2度打ち付ける。
コツン。
やや間を開け、最後に力強く音を鳴らすと参列者たちのざわめきが消え、訪れる静寂。
『わざわざスズランを選ぶなんて、殿下は何を考えているんでしょう』
『真実の愛を誓えるのかしらねえ』
茶会の席でのメルティカから投げられた刃物みたいに鋭い言葉が脳裏で木霊する。
いいえ、私はフィクシス様を信じているわ。
エウリラは冷たい光を放つ祭壇のダイヤモンドに一瞬だけ視線を奪われた。
「これより、アメトリン王国第二王子、フィクシスと婚約者、エウリラ・アステリアスの婚姻の儀を執り行う」
慈愛に満ちた朗々とした声が、儀式の間の隅々まで響く。
「ペルフィナの涙が、そなたたちの愛を問う。偽りの誓いは愛しき者を宝石へと変える。さあ、その愛は真実か?」
タイモンの目がフィクシスを捉えた。
「アメトリン王国第二王子、フィクシス・アメトリン。そなたの愛はここに立つエウリラ・アステリアス、ただひとりに捧げると誓うか?」
「誓います。エウリラだけを永遠に愛することをここに誓います」
向かい合うエウリラの潤んだ瞳をまっすぐに見据え、迷いのない凛とした表情で力強く誓いを立てた。




