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ダイヤモンドの婚約者~色褪せないきみと、いつか巡りあう日まで~  作者: 夜音
第2章

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14 奇跡

 喧騒に包まれていた空間が次第に静まる。


 衛兵や神官たちが驚愕に目を見開き「……そ、そんな」「嘘だろう」と口々に言葉を発して、ティトスの背後を凝視していた。


「……奇跡じゃ」


 アルマンの瞳には涙が浮かび肩も小刻みに震えだす。


 何事かと、痛む体でゆっくりと後ろを向いたティトスの視界に飛び込んだのは、目映いダイヤモンドの粒が『悲劇の婚約者』を包み込む光景だった。


 赤い血が触れた箇所が、透明から白へと色を取り戻していく。ドレスに咲いていたスズランの刺繍は鮮やかな金糸だったのだ。今まで無色だった彼女の色がゆっくりと、確実に長い歳月を超えよ蘇る。


 体の痛みも忘れティトスは床から立ち上がり呆然と魅入ってしまう。


 うっすらと開かれた唇が、無機質な冷たさから温もりを感じさせる桃色になり、微かな息づかいが漏れはじめる。留まっていた涙は、すーっと頬を滑り床へとこぼれ落ちた。


 柔らかな栗色の髪がステンドグラスからの光を反射し煌めき、まだ焦点が定まらない瞳は、陽だまりを思わせる蜂蜜色。天へと伸ばされていた腕が重力に逆らうことなくゆっくりと下ろされた。


 夢の中の少女だ。やはり、リラはあの少女だった。


 彼女を包み込む輝きが消え去ると、蜂蜜色の瞳が瞬きを繰り返しティトスを見つめた。またたく星空を閉じ込めた蒼玉の瞳を。


「……フィ……ク……シスさま?」


 掠れた不安げに震える声に、ティトスの心が跳ねた。


 かつてのこの国の第ニ王子。婚約者に偽りの愛を誓った王子の名。自分のものではない名を呼ばれ、苦しくなるほどの懐かしさが溢れだす。


 いや、僕は知っている。初めて出会ったあの日を。


 スズランの刺繍の意味を。


 彼女をダイヤモンドにしてしまったのは、()だと。


 これまで、ぼやけて曖昧だった記憶が、はっきりとした輪郭を描き脳内に流れ込んできた。


 彼女の名は――


「おかえり……エウリラ」


 そっと、優しく抱き締めると、細い腕におずおずと抱き返された。


 ああ、エウリラの温もりだ。


 あのダイヤモンドの冷たい感触じゃない。


 生きて、いる。


 エウリラの確かな熱と鼓動に、こみ上げる涙が彼女の肩を濡らす。


「フィクシス様……」


 エウリラの声も涙で震え、嗚咽を漏らしながら繰り返し婚約者の名を呼んだ。


 傷口の焼けるような痛みも、エウリラが過ごしたであろう長い年月の孤独も全て忘れ、今はただお互いの存在を確かめ合う。


 ふたりを見守るアルマンは、満足そうな笑顔で何度も頷いている。視線を移すと笑顔から真剣な面持ちになり、その場にいる者たちに告げた。


「皆の者、この場で見聞きしたことは国王陛下の沙汰があるまで決して口外してはならぬ。よいな? ……その者を連れて行きなさい」


 後ろ手に拘束されたリディアナの瞳からは狂気の色が消え落ち着きを取り戻していた。促されるままおとなしく衛兵に従って、奇跡の場を後にする。


 結局、私は石に負けたのね……あの方の心の片隅にすら、私の居場所はなかったのだわ。


 最後に一度だけ立ち止まると、抱き合うティトスとエウリラを見やる。リディアナの赤黒く汚れた口元には自嘲の笑みが浮かんでいた。


「殿下、お怪我の手当てをいたしませんと。そちらのご令嬢も医師に診ていただきましょう」


 アルマンが遠慮がちにティトスに声をかけた。


 ティトスは小さく頷いた。が、彼の顔は「彼女と離れたくない」という思いが浮かんでいる。エウリラもまた、不安そうにティトスを見つめたまま。


 アルマンは即座に意を汲み、若い神官たちに指示を出し、研究室と隣り合う控え室に医師と簡易寝台を用意させた。



 *



 簡素な机と椅子が隅に設置され、二台の簡易寝台が運び込まれた控え室。その寝台に二人が並んで横たわると、王宮医師が呼ばれ治療が始まった。


 黒くどろりとした痛み止めを苦々しい顔で飲み下す。喉から腹部へとじんわりと熱くなり、次第に意識が鈍っていく。それを合図に王宮医師は手際よく処置を進める。傷口を綺麗に縫合し、化膿止めの軟膏を塗り込み、清潔な布を固く巻いた。


 隣の寝台ではエウリラが不安そうに治療の様子見つめている。


「傷はそこまで深くありませんでした。一月ほどで傷は塞がるでしょうが、しばらくは指先に痺れが残るかもしれません」


「……ふう。そうか、ありがとう」


 痛み止めを飲んだとはいえ、傷口は熱く脈。打っていた。


「殿下、薬の効果で眠気が来る頃です。本日はそのままお眠りください」


 医師の言葉通りティトスの瞼は鉛のように重くなる。エウリラの様子が気になったが、睡魔に抗えず「…リラ」と呟くと深い眠りへと落ちていった。


 ティトスが眠りに落ちた後、医師は先程までダイヤモンド像『悲劇の婚約者』だったエウリラの診察に取りかかった。


 治療のため医師によって外された彼女が身に付けていたサファイアの装身具が、机の上に綺麗に並べられている。


「失礼します」と、エウリラの手首に触れると確かな人の温もりがあり、脈を確認すると規則正しい調子を刻んでいた。


「脈も呼吸も正常だ。……どこか、不調はありませんか?」


「いえ、特に問題はございません」


 ダイヤモンドから人間へ戻るという、前例のない、常識では考えられない事態。王宮医師は診察を終えても尚、半信半疑だったが、何も言わず部屋の隅に控えた。


「私はアルマン。神官長を務めております。さて、あなたのことを教えていただけますかな?」


 隅にあった椅子を運ぶとエウリラの寝台の横に座り優しく問いかけた。


 エウリラは何故そんなことを聞かれるのかと首をかしげた。彼女の感覚では、呪いによって意識を失ってから数か月程度しか経っていないのだ。それでも、自らの名を名乗る。


「……私は、エウリラ。アステリアス伯爵の娘で……フィクシス・アメトリン殿下の婚約者です」


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