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ダイヤモンドの婚約者~色褪せないきみと、いつか巡りあう日まで~  作者: 夜音
第2章

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12 邪魔な芽

 初めての顔合わせから一週間後、ティトスとリディアナは王宮の四阿(カゼボ)で再び向き合っていた。


 王妃自慢の薔薇も未だ鮮やかに花盛り。風が吹くたびに高貴な香りがふわりと二人の間を通り抜ける。


 エスフォール公爵家の焼印が入った木箱を差し出しながら、彼女は「本日は手土産を持参いたしました」と告げた。


「我が領で栽培している茶葉を使用した紅茶です」


「公爵領の紅茶と言えば希少と聞きます。ありがとう、エスフォール公爵令嬢」


 純粋な気遣いに、これからのことを思うとティトスの心は重い。


 リディアナとの縁はなかったことにしたいと国王夫妻には既に伝えていた。どうしてもリラよりも愛することは出来ないと訴えると、国王には叱責され、王妃にも嘆かれたが、それでも気持ちは揺るがない。ふたりとも半ば諦め了承したのだ。


 元々、顔合わせには他にも候補となった令嬢が数名いた。しかし、「ダイヤモンドになるのが恐ろしい」「娘を呪われたくない」と伝説を恐れ辞退していたと聞く。


 僕と婚姻を結ぶということは、この国ではそれほど恐れられているのだ。リディアナ嬢を呪いの犠牲者にしたくない。


 ぼんやりと両親とのやりとりを思い出している間に、リディアナは給仕係に持参した紅茶を自ら淹れると申し出ていた。


 木箱から茶葉を掬いティーポットへとサラサラと落とす。熱湯を注ぎ蓋をし数分。金の装飾がされたカップに注ぐと、爽やかなベルガモットが薫りたった。


「どうぞ、ティトス殿下」


 リディアナの口元なは微笑みが浮かんでいるが、瞳にはわずかに不安の色がみて取れる。婚姻への期待か、呪いへの不安か。その表情からは真意を測りかねた。


 ベルガモットに誘われるように、カップを手に取り口を付ける瞬間、リディアナのテラコッタ色の髪が、陽射しに照らされ金色に輝いた。


 いつか、こんな光景を見た気がする。


 ……あの時、あのグラスを手に取らなければよかった。


 甦るのは、焼けるような喉の痛みと全身が熱くなる不快な感覚。


 あれは、いつ……?


 震える手で、カップをテーブルに置く。


「殿下?」


 身を乗りだし気遣うリディアナの声。


 掴もうとするが掴めない記憶の断片に、言い知れぬ恐怖が襲う。


 これは偽りの愛を誓うな、という警告かもしれない。彼女を巻き込んでは駄目だ。


 ティトスは覚悟を決め、震える手を押さえつけた。


「エスフォール公爵令嬢、今回の話はなかったことにして欲しい」


 顔を上げ、リディアナをまっすぐに見据えた。金色に輝いていた彼女の髪は、今はテラコッタの落ち着いた色へと戻っている。上品な微笑みを浮かべていた口元が小さく歪んだ。


「何故、です……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 震える声とは対照的に公爵令嬢として取り乱さない姿。その気高さがティトスの言葉を非難する。リディアナの気高さに、自分の気持ちを偽らず応えると決めるのだった。


「あなたを愛することは、出来ない。偽りの愛を誓えば、あなたがダイヤモンドになる」


「……それは、愛する方が他にいる……ということですか?」


「僕は、『悲劇の婚約者』を愛している」


 リディアナのエメラルドの瞳が見開かれた。テーブルの下で握られていた手に力が入る。


「伝説がある限り、他の誰かを愛することは出来ない……あなたに非はありません。本当に申し訳ない」


 ティトスが去った四阿には、ベルガモットの香りが虚しく漂う。


 力の入らない両手で冷えきったカップを包み込むと、ひとくち喉へ流し込んだ。


「苦い……」


 ぽつりと呟いたリディアナの声は、誰にも聞かれることもなく空へ消えた。



 *



 どれほどそこに佇んでいたのか、なかなか戻らないリディアナを心配し侍女が迎えに来た。


「お嬢様?」


 侍女の声にのそりと立ち上がって庭園を後にする。


『王子には決して明かせぬ想い人がいる』。


 あの噂が真実だったなんて。


 私を選んでくださると信じていたのに。その為に()()()()は摘んできたのに。


 背筋を伸ばし、胸の内に燻る感情を微塵も表情に出さずに歩く。しかし、咲き乱れる薔薇も彼女の瞳には映らない。


 よりによって、『悲劇の婚約者』を愛しているですって?


 偽りの愛でダイヤモンドと化した、憐れな女。


 ただの石に負けたというの?


 この私が、石以下だと?


 愛する価値もないというの?


 庭園の入り口の馬車寄せには、公爵家の馬車と従者の姿。従者のエスコートで乗り込むと扉が閉まる直前――


 ……許せない、許さないわ。


 私が選ばれないなんて!


 扉を内側から蹴破る勢いで、リディアナは馬車から飛び降りた。


 呆気に取られる従者に掴みかかると、腰に下げている短剣に手を伸ばした。


「お、お止めください、お嬢様!」


 従者は短剣を奪われまいと抵抗する。


「……っつ!」


 揉み合いの最中、リディアナの手の甲に刃物傷が走り、怯んだ従者の隙を付いて短剣を奪い取った。


 ツーっと赤い血が白い肌を流れる。手の甲を唇で拭うと、紅い汚れが頬へと伸びた。


 壊してしまえばいいのだわ。


 そうすれば私を選んでくださるはず。


 振り乱したテラコッタ色の髪。化物に取り憑かれたかのようにギラついた緑色の瞳。この日の為に新調した皺だらけの淡い紫色のドレス。


 あの石は、どこにいるのかしら。


 ああ、そうだわ、儀式の間ね。


 ――邪魔な芽は摘み取らなくては。


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