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ダイヤモンドの婚約者~色褪せないきみと、いつか巡りあう日まで~  作者: 夜音
第2章

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11 顔合わせ

「お目にかかれて光栄です、ティトス殿下。リディアナ・エスフォールでございます」


 薔薇が咲き乱れる庭園の四阿(ガゼボ)に、伸びやかな声が響く。


 緩やかに波打つテラコッタ色の髪と人目を引くエメラルドを思わせる緑色の瞳。スカートの端を持ち、頭を下げる美しい姿はさすが公爵令嬢だ。


 リディアナほどの美しい令嬢に、未だ婚約者がいないのも、真実の愛でのみ結ばれるという呪いの伝説が、王家だけでなく貴族たちにも浸透し根付いているからだろう。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます。エスフォール公爵令嬢」


 円形テーブルに向かい合って座る。庭園の給仕係は湯気が立ち上る紅茶を二人の前に置くと、離れた場所へと控えた。


「美しい薔薇ですね。匂いもここまで漂ってきて、心が癒されますわ」


 リディアナは目を閉じ深く息を吸い込む仕草をする。金の装飾がされたカップを手に取り口に運んだ。


「ええ、本当にいい匂いだ」


「殿下はお好きな花はおありですか?」


 カップをソーサーに戻すと、柔らかな笑みでティトスを見つめる。


「私の好きな花?……スズラン、でしょうか」


 頭の中に浮かぶ花は、ただひとつ。


「スズランですか。可愛らしい花が、お好きなのですね」


 ――スズラン?王子が好むにはずいぶん地味すぎる花だわ。


 彼女は完璧な笑顔はそのままに、心の内でその白く可憐な花を蔑んだ。


「可憐で、健気な姿に惹かれるのです」


 言葉を紡ぐティトスの表情にはっとした。鮮やかな蒼玉の瞳が、目前に愛しい人がいるかのように甘く、柔らかく細められている。


 リディアナの脳裏に社交界で密かに囁かれている噂が浮かぶ。『王子には決して明かせぬ想い人がいる』と。


 その瞳が写しているのは誰なの?私を見て。私だけを、愛して欲しい。


「あの、是非、私にスズランを贈っていただきたいのですが、駄目でしょうか?」


 上目遣いで視線を送る。


「……スズランよりも、薔薇がお似合いですよ、エスフォール公爵令嬢」


 あくまで穏やかにティトスが返した。


 ティトスの前に置かれた紅茶は、手をつけられないまま冷めていく。



 *



 ついに、この日が来たのね。


 王宮の四阿でのティトスとの対面に、リディアナの胸が震えた。


 社交の場で挨拶を交わす程度の関係だったが、穏やかで、誰にでも優しいティトスを密かに慕っていた。令嬢の中には呪いの伝説も相まって「近寄りがたい」と言う者もいた。だが、リディアナは彼と結ばれたいと、数多の貴族令息たちからの求愛を袖にしてきた。


 それなのに、だ。


『可憐で、健気な姿に惹かれるのです』


 脳裏に焼き付くティトスの表情。まるで愛する人に向ける甘く溶けてしまいそうなあの表情。


『王子には決して明かせぬ想い人がいる』。


 噂話は社交界の華。勝手に咲いて勝手に枯れていくものと真に受けなかった、あの噂は真実だったのだろうか。リディアナの胸の内には嵐が吹き荒れていた。



 *



 王宮の片隅に儀式の間はあった。


 王家の婚姻の儀が執り行われる場には、普段は王族しか立ち入れない。荘厳な扉へと続く階段の両端には、素焼の鉢に植えられたスズラン。扉の中央に佇む衛兵が、ティトスに気付くと体を横へとずらす。ティトスが小さく会釈を交わすと、衛兵は仰々しく扉を押し開いた。


 扉の先には、儀式の間へとまっすぐ続く廊下。左右には神官長の研究室や、神官たちの控え室が並んでいる。


 軋みを上げながら重厚な扉を開けば、視界に飛び込む初代王妃をモチーフにしたステンドグラス。その手前に彼女――『悲劇の婚約者』はいた。


「リラ、会いたかった」


 両親の顔を立てる為、リディアナとの顔合わせを終わらせ、堅苦しさから解放されたティトス。


 リディアナを美しいとは思った。だが、それだけ。恋の予感など微塵も感じず、彼女との会話中も浮かぶのはリラのことばかり。


「やはり、僕の愛は君だけだ」


 顔合わせを経て、改めてリラへの想いが強まる。


 『悲劇の婚約者』へと近づき、手を伸ばせば触れられる距離。しかし、ティトスは彼女に一度も触れられなかった。何故か、触れてはいけない気がして。


「……国王に顔合わせの報告をせねば。また会いにくるよ、リラ」


 リラに別れを告げ、背を向ける。扉の向こうへと歩き出した。


 廊下に出ると、左の扉から神官長アルマンの姿。白いローブを纏い手には繊細な彫刻が印象的な杖が握られている。杖の頂きには紫と黄金のアメトリンが輝きを放つ。


 ドクン。


 胸が締め付けられる感覚に、ティトスは服の上から胸を押さえる。


「どうなさいました、殿下」


 心配気なアルマンのしわがれた声。


「いや、なんでもない。少し疲れが出たのだろう」


 平静を装うティトスだったが、心臓は未だにドクンドクンと訴えてくる。


「では、失礼するよ、アルマン」


 そう告げ、足早にその場を後にした。


 この切なさは、なんなのだろう?


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