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第8話 猫捜索1日目

 と言って街を歩いてみてもなかなか猫は見当たらない。とりあえず噴水広場まで戻ってきた俺は、出店で美味しそうなワッフルを売っていた店員さんに声をかけてみる。


「あの、この辺で猫ちゃん見ませんでしたか?」

「えっ、猫ちゃんですか」


 売店のお姉さんはメイド風の可愛い衣装に身を包みバニラとメープルシロップの甘い匂いに包まれている。ボリュームタップリの栗毛の髪を三角巾に押し込んで、頬のそばかすが素朴で可愛い。


「はい。あの掲示板の依頼で猫ちゃんを探してまして……。ほら、猫ちゃんってバターとか好きだからこのワッフル屋さんの近くにきたりしないかなと」

「あ〜、確かに野良猫ちゃんはたまに見ますけど……この辺は夜でも賑やかなので閉店作業している時もあんまり寄ってこないですよ。ほら、猫ちゃんって怖がりだから」


 そういいながら彼女は噴水を指差した。


「あぁ、水。そっか、猫って水嫌いだっけ」

「はい。うちの子もお風呂が大っ嫌いですよ。それこそ大きな水の音も嫌みたい。だからかな

この辺ではあんまり」

「そうですか、ありがとうございます」

「あっ、お兄さん。ワッフルはいかが? うちのは甘いシロップたっぷりで美味しいですよ」

「すみません。持ち合わせがなくて。依頼料が入ったら買いにきます」

「残念、でも大体毎日ここにいるので買いにきて下さいねっ!」


 出店の女性に礼をいって俺は噴水広場から少し城のほうまで歩いて大通りで猫を探してみる。しかし、植え込みや物陰、どこにも猫の姿はなかった。


(っていうか、店員さんに話しかけるので精一杯で通行人に声かけするのレベル高すぎるだろ)


 全く知らない人に声をかけるというのは本当にハードルが高い。こういう時、どうすべきなんだろう? 植え込みの隣にあった木箱の上に腰掛けて、城から噴水広場の方へ歩く人たちを眺める。

 騎士風の格好、メイド風の格好、貴族っぽい人や使用人っぽい格好の男女、子供も様々だ。


「はぁ、俺ったら猫探しもできないのか。いや、ここでじっとしてたら一匹位猫通りかかるだろ」


 数時間後


 全然猫がいない。座ってじっとする作戦も無意味、ただただ座っているだけの人だ。こんな時、自分の行動力のなさが非常に情けなくなる。

 もっとコミュ力があれば、リーダーシップがあれば。なんて思っても俺は所詮引きこもりだったんだ。最初から……


「お兄ちゃん、迷子?」

「はぁっ?」


 急に話しかけて俺が驚いた声を上げると、目の前にいた三人の子供たちがびっくりしてのけぞった。真ん中の気の強そうな女の子を守るように男子二人が手を広げた。


「あ〜、ごめん。驚いて」

「いいのいいの。私たちもびっくりしただけよ」


 子供たちは10歳くらいだろうか。でも多分いいとこの子だ。服装も清潔感のある高そうな服に身を包み、髪もしっかり整えられている。


「えっと、俺が迷子だって?」

「えぇ。だってお兄さんかれこれ三時間はそこに座って絶望的な顔していたじゃない? 私たちファーラ自警団はこの町の未来と、えっと安心を守ってるの」

「ファーラ自警団?」

「うん。ファーラっていうのは私の名前よ。私と子分二人で困った子供を助けてるの!」

「子分……なんだ」


 そういえば、小学校低学年くらいまではこんな感じで圧倒的に女子の方が怖くて強かったな。クラスのボスは大抵女子で男子は女子に殴られるのが怖くて縮こまっていたっけ。


「で、迷子なの? 迷子なら城の迷子案内所に……」

「いや、俺は17歳だし。迷子でもない」

「え、あら……そうだったの。じゃあなんで絶望的な顔をして座ってたの? 失恋?」


 ませた子供だな……。ファーラと名乗った少女は俺を覗き込む。


「いや、俺はポルカ。探偵の弟子をしてて今は任務中」

「へぇ、探偵なの」


 ファーラは目を輝かせると俺の隣に座る。その瞬間。彼女の座る部分に子分の一人がハンカチを敷いた。


「あぁ。そうだよ。あっちの通りでクロリナさんって人の下で働いているんだ」

「へぇ。知らないけど、今は任務中なんでしょ? サボり?」

「いいや、サボりじゃないよ」

「ふーん、ここに座ってぼーっとするのが任務? もしかしてこの通りの通行人数を数える地味な仕事とか?」

「子供には関係ないな」

「んなっ! 子供扱いしないでよね。私たちファーラ自警団はこの半年で10人の迷子を救い、15人の道案内をした手柄があるのよ。この街を知り尽くしてるの!」


 プンプンと効果音が出そうなほどファーラは口を膨らませて手をばたつかせた。彼女の見た目が西洋風だからか、人形劇を見ているみたいで可愛く思えてくる。


「はいはい、すいませんね。でも、もう暗くなるし君たちも帰らないと」

「そ、そうね。城の鐘が鳴ったら家に帰る約束なの。もう少し」

「じゃあ、俺が迷子じゃないってわかったんだから帰る準備でもしたらどうだ?」

「いいえ、話はこれからよ。あなた、さっき美味しそうなもの食べていたわよね」


 そういえば、ここに座っていて暇だったから、ルーお婆ちゃんからもらったチョコチップバターサンドを食べたんだった。大きくてしっとりしたチョコチップクッキーに濃厚でもっちりしたバタークリームが挟まっている代物。


「あぁ、貰い物でね」

「貴方、任務中って言ったわよね」

「あぁ、そうだけど」

「私たちファーラ自警団がその任務を手伝ってあげる、情報をあげるでもいいんだけどその代わりに……甘いものを買ってくれない?」


「甘い……もの?」


 俺が聞き返すとファーラは恥ずかしそうに俯いた。俺は子分Aと子分Bに視線を向ける。


「ファーラ様は、母上様から甘いものを禁止されたんです。虫歯になるからって」

「それで、もう我慢の限界で」


 子分たちの必死な表情を見て俺はなんとなく察した。

 

 好きな食べ物を禁止された時の女性は恐ろしい。


 これは俺が実体験したことがある。姉ちゃんが健康診断の前の月から甘いものや酒なんかをやめるのだが、その時のイライラっぷりは凄まじい。足音は常にでかいし、ちょっとでも俺がお菓子を食おうものなら鬼の形相で睨まれる。

 なので、彼女の健康診断前は俺も修行僧のような生活を送っていたのだ。


「あ〜、じゃあ俺の任務を手伝うから甘いものを買ってくれって?」

「そう。お母様には内緒よ。そうね、甘い物ならなんでもいいから。で、貴方の任務って?」


 その時、大きな鐘の音が響いた。ゴーンゴーンと空気を揺らすような心臓を揺さぶるような音、そこに金属のキンキンした音が混ざり合って美しい。


「あっ、私たちもう帰らないと。ポルカさん、明日噴水広場で14時ごろ待ち合わせましょう。絶対よ! 約束だからね!」


 走っていく子供3人が富裕層が住んでいそうな城の方の通りに消えていくのを見送ってから俺も家路につく。

 結局今日は収穫なし、そもそも俺は探偵としての仕事を一つもできなかった。たかが猫探しでだ。


「けど、変な奴に絡まれなかったし不運……ではないかな」


 事務所の扉を開けて、にっこりと微笑むクロリナをみて俺は心底安心するのだった。


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