第6話 探偵の初歩といえばアレ探し
クロリナ特製の美味しいリゾットを朝食にたんまり食べた俺は、彼女が知らぬ間に仕立ててくれた探偵風衣装に着替えている。
ファンタジー作品に出てくる冒険者のような上下にフード付きのマント、腰の太いベルトには短剣が装備されている。
なんでもこの町では「短剣」までなら装備していても何も言われないらしい。
「へぇ、でも俺使えないですよ?」
「いいのよ、使えなくても抑止力にはなる。それに、いくら使えないと言っても鞘から抜いて刀身を見せれば少しの時間は稼げるでしょう」
「まぁ、そうっすね」
「じゃあ、今日は実際に一つ依頼をこなしてもらおうと思うから、行きましょうか」
「えっ、依頼をもう受けてるんですか?」
「いいえ、これから依頼を受けに行くのよ」
クロリナの言っていることが矛盾しているように感じた。ここは事務所で、依頼がある人は自らやってくるはずだ。なのに、出かけるのは俺たちの方?
そんな疑問はすぐに解けることとなる。
心地よい風が吹き抜ける広々とした場所は噴水広場と呼ばれている。ここは城下町の中心地で多くの人が待ち合わせをしたり、出店で何かを買ったり、休憩中の騎士が昼食を取ったりしている。
そこに大きな掲示板があり、ベタベタとたくさんの髪が貼られていた。
「新米探偵君にはこれがぴったりね」
クロリナはちょっと背伸びをして一枚の紙をひっぺがした。
「あの、もしかして依頼って」
「ここはクエスト掲示板って言ってね。いろんな人が自分では解決できない問題を共有して、解決できる人がこの依頼書を掲示板から剥がしてクエストを受領するの」
まるでRPGゲームのNPCみたいなセリフだが、説明している彼女の顔はキラキラと希望に輝き、NPCでは全くありえない美しさなので違和感がある。
というか、このゲーム単純でほとんどテキストと動かないイケメンのイラストで構成されたようなノベルゲーなのに「クエスト」なんていう概念があったとは。
「もしかして、探偵事務所ってこれで生計立ててる……とか?」
「はぁっ!? そんなことないわ! 普段はもっとお客さんがじゃんじゃんくるし……。くるし!」
クロリナは慌てて手をブンブン振ったが、おそらく嘘である。たとえ金があって立地の良い場所に事務所を構えても「探偵」なんて職業は信頼が大事だ。それこそ、探偵の見た目や経験だって依頼人が依頼するかどうか検討する判断材料になる。
クロリナさんは……
白っぽいローブと美しい金髪に、若々しくて整った顔。到底、探偵とは思えない。
「さ、気を取り直して。君がやるのはこの依頼よ。ルーベルさんの飼い猫捜索」
依頼書は驚くことに日本語で書かれている。よく考えてみると、俺がいるこのゲームは日本開発日本リリース。多分、売り上げがあまりないので海外展開がされてない。
つまり、見た目がどんなに西洋風だろうと中身は日本語なのである。だからかはわからないけれど、探偵の仕事=猫探しなんていう日本のアニメやドラマによくある設定が彼女の思考に浮かんだのもそのせいなのかもしれない。
「飼い猫探しですか」
「ええ、ここに書いてある依頼人の住所に言ってこの依頼書を見せてね。それからは、流れで猫ちゃんを探すのに必要な情報を聞き出して……あとは簡単。推理して探せばいい」
クロリナがあまりにも楽しそうに、まるでデートでもしているかのように俺に話しかけるのでなんだか嬉しくなる。彼女と依頼とかじゃなく町に出てこれたらな、なんて思ってしまう。
「聞いてる? ポルカ君」
「あ〜、すいません。聞いてます、聞いてます」
「じゃあ、これかける?」
彼女は小さな小瓶をこちらに差し出した。香水だろうか、中にはキラキラした液体が入っていた。
「あ〜はい」
「じゃあ、足元にね」
シュッと俺の足元に吹きかけられたのは無味無臭の何か。でも、クロリナさんが俺に何か危害を加えることはないだろうし悪いものではないだろう。
というか、彼女にみとれて話を聞いていなかった俺が悪いか。
「あの、この住所って」
「そっか、ここに書いてある東西南北はこの噴水広場をベースに城側が北。それから通りについては路地の前の看板を見れば「〇〇ストリート」って記載があるからそこを目印にね。番地はこれもまた噴水広場に近い方が1番地よ」
「わかりました」
「じゃあ、一応勤務時間は夕方の5時までよ。知っていると思うけどその時間には城の鐘が鳴るからそれを目安にね」
クロリナに礼を言って俺は依頼書に記載のある場所へと向かう。達筆な日本語で書かれてる依頼書、ベースは羊皮紙なのかやけに古臭いのに書かれているのが英語とか創作文字じゃないのがちょっと雰囲気を壊している。
「けど、猫探しなんてまじで探偵モノの主人公になった気分だぜ」
依頼書にある住所とピッタリ同じ番地に辿り着いた。そこが、依頼人の家だとはっきりわかる。なぜなら玄関ドアに猫用の小さな扉。庭にも木の上にも猫が鎮座している。
こじんまりした木造の家だが、なんだか「魔女」でも住んでそうな蔦の生え具合に怪しいツボみたいなのが玄関先に置いてある。
俺は、恐る恐るドアノックを鳴らした。