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第5話 のらりくらり


「おはよう、昨夜はよく眠れた?」


 クロリナは可愛らしいフリフリのパジャマ姿のまま、事務所部分に降りてきてコーヒーを淹れてくれる。俺は朝の掃き掃除を終えてデスクについてゆっくりしているところだった。


「おはようございます。おかげさまで」


 ベッドを綺麗にしたのは俺だが、ここ数日スラム街での野宿だった俺には天国のような場所だった。ふかふかのベッドに屋根のある部屋、その上路上から叫び声や悲鳴が聞こえない安心感ときたら……。


「久々に熟睡できたでしょう? そうだ、朝ごはん軽めでいい?」

「あ、はい」

「ごめんね、私があんまり朝得意じゃなくていつもはコーヒーだけなんだけど」

「あっ、俺も朝はあまり食べないかもです」


 不登校になってから朝ごはんをめっきり食べなくなった。朝起きて、学校のことを考えるのが嫌でとてもじゃないけれど朝食を取ろうという気にはならなかったのだ。そんな生活が続いて、いつの間にか朝食を食べると胃もたれがするような体になってしまった。


「じゃあ、コーヒーだけでいいわね、甘め?」

「できれば」

「ふふふ、私もコーヒーは甘いのが好き。脳みそがよく動くからね」


 クロリナと俺は向かい合わせにダイニングテーブルに座ってコーヒーマグで乾杯をした。彼女がマグカップを両手で持ってふぅふぅする姿がちょっと可愛くて、つい見惚れてしまう。


「何? 私に見惚れちゃった?」

「んなっ、違いますよ!」

「ふーん、あのねポルカ君。私は名探偵よ? 君のことなんてお見通しなんだから」

「あの、じゃあお聞きしますけどクロリナさんまだ若いのにどうして探偵を? それに、資金はどこから?」

「確かに、まだ18の女の子がこんないい立地に探偵事務所を立ち上げているなんて疑問よね」

「はい。もしかして、どこかの貴族の令嬢とか?」

「うーん、でも私昨日言ったわよね?」


 俺は彼女の昨日の言動を思い出してみる。しばらく考えてから、彼女が俺を「仲間」だと言ったことを思い出した。


「勘当……されてる」

「そう。私は勘当されているの。それは事実よ。つまりは君のいう『貴族の令嬢だから親の支援で好きなことをやらせてもらっている人』ではないとわかるわよね」

「そうでした……じゃあ、ばったりであった老人に譲ってもらったとか?」

「それも違う。勘当された令嬢が偶然町でであった老人から遺産をもらって……なんて小説の中だけの世界ね」

「あの、俺が質問してるのにどうしていつの間にか俺が問い詰められてるんですか」


 クロリナはコーヒーを啜ってから余裕の笑みを浮かべる。


「だって、君は探偵の弟子になったのよ? こうやって些細な疑問を自分で考えて推測する癖をつけないと。そうねぇ、私がどうやってこの事務所をこの若さで建てたのか当てるのが君の今年一年の課題かしら」

「そんなことですか? 依頼の手伝いじゃなくて?」

「私がこの事務所を建てたのはね、すごく複雑な理由があるのよ。君はお勉強はダメそうだけど地頭がいいから期待してるわよ」


 褒められたり貶されたり、俺は感情がぐじゃぐじゃになったが、彼女が俺の頭をぽんと撫でたことで全てが帳消しになった。


——この人に褒められたい!!


 男は単純だ。というか、俺のようなあまり異性……そもそも家族以外とあまり関わりを持たなかった人間にとってはその「すごいね」とか「ありがとう」とかだけでも甘い甘い蜜なのだ。

 クロリナさんがにっこり笑って俺を褒めてくれたらどんなに嬉しいか。どうせ、追放された身で元の世界に戻る方法もわからない。

 となれば、ここでやれるだけやってみるのが一番ではないか?


 というか、生きるためには働かなければならないとここ数日で嫌なほど理解させられた。彼女の期待に応えてここで生きていくことは俺にとってもメリットしかないのである。


 それから、ワンチャン……


「今もしかして、私と結婚できるかもって思った?」


「なんでわかるんですか!!」


「あっ、やっぱりそうなんだ。ポルカ君もすみに置けないな〜」


 彼女はくすくす笑って、着替えるために二階へと上がっていった。結局彼女のことは何も知ることができなかった上、俺だけ見透かされてしまうのだった。


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