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第2話 探偵のお姉さんはお掃除が苦手

 2日ぶりの風呂とシャワーに感動しながら、俺は体を隅々まで洗った。女の子の匂いがするシャンプーらしきもので頭を洗い、泡風呂で体を洗った。


「着替えはタオルのそばに置いてあるローブでいい? 男の子のものはないのよね」


 クロリナが用意してくれたローブと女性用のハーフパンツ。下着の代わりだろう。どちらとも黒色なので抵抗なく着用して、ふわふわのタオルで髪を拭いた。

 風呂まで入れてもらって難だけど、ちょっと風呂場が汚いのが気になる。というか、風呂までの道も家が非常に汚い。彼女は「探偵」と言っていたが、よくアニメやドラマなんかで見る探偵事務所の汚い感じ。そう、すごく汚い感じだ。


「あの、シャワーありがとうございました」

「あら、綺麗になったじゃない」


 と言った彼女の仕事机の上は書類の山だ。机だけでなく机の脇も床も書類やら何やらが散らばっている。一つ、空いている机の上の書類やものをざっと床に落とし、彼女はその上にマグカップを置いた。

 コトコト注がれているのはコーヒーだろうが、俺は机の上を片付けずに下に落とす人を人生で初めて見たので固まってしまっていた。


「ここが君のデスクね。ちょっと汚いけれど、好きに使ってね」


 クロリナはとても綺麗に笑って見せたが、正直言って足の踏み場もない上に埃っぽい。


「あ、あのー」

「どうしたの、ポルカ」

「掃除とかって……」


 俺の言葉にクロリナは気まずそうに部屋の中を見回した。オープンキッチンのシンクは例に漏れずどろどろ、パンが入っていたような紙袋が床には散らばっている。


「最近忙しくて、そうだ。君の最初の仕事として掃除してくれる? その間に、私がご飯を買いに行ってあげる、パンとお肉でいい? いいわよね」

「は、はぁ」


 クロリナは満足げに笑うと硬貨がが入っている巾着を手に家を出て行った。残された俺とゴミ屋敷。


 あぁ、さっき風呂入ったばっかりなのになぁ。と思いつつ、俺は床に落ちている確実にゴミだとわかるものを集め始めた。俺は引きこもりになって1年近く、姉ちゃんと二人暮らしで細かい家事は俺が担当していた。

 料理は姉ちゃんに任せっきりだったが、彼女がシェフを目指していることもあっての役割分担だ。


「まず、書類は一旦拾い集めて整理だな。あの感じだとクロリナさん必要な書類も下に落としてそうだし。んで、食器を洗う前に乾かす場所の確保だろ……掃き掃除はいちばん最後であの人のデスクには触らんでおこう」


 掃除というのは「やる気」が重要である。目の前に広がる光景に嫌気が差して手を動かさなくなってしまうだけで、ほとんどの場合は手を動かして掃除を始めてしまえば確実に綺麗になっていくのだ。

 舞い上がる埃に時折咳き込みながら、とりあえず書類は適当にまとめて3山くらいになった。やっと姿を現した床をざっと掃いて、部屋を見渡すとおしゃれな洋風の白い床と焦茶色の壁でかなりいい感じだ。ファンタジーらしい中世風のアンティークや本棚にびっしりつまった分厚い本。キッチンだって料理道具がまさにファンタジーの教科書に出てくるようなレトロ風。


「すげぇ、ジ◯リでみた薪火のオーブンだ」


 キッチンのゴミの山に隠れていたオーブンと釜戸は薪火を使うもので、見るだけでワクワクするし、クロリナさんは料理をするらしくかなり使い込まれている。ただ、火の不始末が起きていないのが奇跡なくらい可燃物がそばに落ちていたが。


 庭で水を汲み、木のバケツの中に雑巾を突っ込んで絞る。まずは机の上、それから椅子、壁、床の順番でしっかりと水拭きをした。


「よし、あとはまとめた書類が飛ばないように重石をのせて……」


 窓をぐいっと外に押しやるようにして開け、風の通り道を作る。埃っぽかった家の中に風の流れができて新鮮な空気が入っては流れた。



***



 しばらくして、綺麗になった部屋に戻ってきたクロリナは目をキラキラ輝かせて俺の手を握った。まるでアイドルの握手会みたいに両手で俺の手を握る形に妙にドキドキした。


「すごい、貴方を拾ってよかったわ。あぁ、久しぶりに綺麗なお部屋でご飯が食べられるわ! せっかくだしちゃちゃっとスープでも作っちゃおうっと」


 俺の手を離した彼女は外出用のフード付きローブを脱ぎ、深緑色のワンピースだけになる。そして、椅子の背にかかっていた白いエプロンを身につけた。それから、手首につけていた髪紐で豊かな金髪を結んだ。


「あの、俺掃除しただけですけどいいんすか?」

「えぇ。私はお掃除苦手だし初めての仕事にしては出来過ぎなくらいよ。いい子にはご褒美をあげなくちゃね」


 あまりにも顔が良すぎて、論理なんかどうでも良くなってしまった俺は素直に自分のデスクに戻った。古いが良い木で作られたデスクは横に引き出しがついている。開いてみると中は空で簡易的な、かなり簡易的な鍵が入っていた。


 デスクからオープンキッチンがよく見える。彼女は釜戸に手際よく火を入れ鍋で何やら煮込み始めた。食べ物はキッチンのそばの食物庫に貯蔵しているらしい。ちょっとあの辺が涼しかったのはやはり魔法か何かだろうか。


 2日ぶりの飯、彼女は鼻歌まじりに料理を続ける。俺が洗ったばかりの木の器に注がれるトマトベースのスープ。皿の上に盛り付けられた買ってきたステーキとスライスパン。彼女が食物庫からチーズを引っ張り出してきてパンの上にスライスして乗っけた。


「ね? お料理はできるって言ったでしょ? ポルカ、貴方に頼みたい依頼がたーんとあるんだからたくさん食べて元気を出してちょうだい」


 なんだか妖しげに微笑んだ彼女は料理を俺のデスクに配膳してくれた。あまりにも誘惑的な香りとビジュアルに思わず唾を飲む。


「召し上がれ」


 俺はまるで野獣のようにパンを手で掴み、トマトスープに浸けて食べた。トマトスープは酸味よりもベーコンの出汁と塩味のバランスがよくトマトは風味豊かで甘みがある。カリカリでぎゅっと身の詰まったパンに相性抜群だ。


 次にカットされたステーキを口に放り込む。多分、牛肉と思われるそれはじゅわっとジューシーで程よい脂とかみごたえのある赤身の部分が口の中をしばらく幸せにしてくれた。

 バターで揚げ焼きにしているからか、肉の表面はカリカリなのに中は少し赤みが残るミディアムレア。焼く段階で香草を乗せているのか肉の嫌な臭みが一切なかった。


「美味しい?」


 クロリナは、頬杖をついて俺を眺めながらにっこりと微笑んだ。なんだか、そのセリフを言われると始めて彼女の作った料理を食べる彼氏になったような気分だ。


「美味しいです」

「よかった。じゃあ、食べ終わったらお願いしてもいいかな?」

「えっと、何を?」


 クロリナは恥ずかしそうに顔を赤めて俺を上目遣いで見る。直球ダイレクトな可愛い視線に俺は思わず目を逸らした。


「2階のお・そ・う・じ」


 俺は、探偵事務所の2階つまりは彼女のプライベートスペースはもっと恐ろしいことになっているんじゃないかと想像して一気にドキドキが覚めてしまったのだった。


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