第1話 最悪の出会いと妖しいお姉さん
ゲームのストーリーから追放された俺は、てっきり死ぬか元の世界に戻ると思っていた。というのも、このゲーム学園の外に出るということは基本なく、背景は教室・各自の部屋学園の庭くらししかないチープなゲームなのだ。
多分、キャストとイラストに金をかけて開発には金がかかってないからだろう。
けれど、学園の外にも世界は広がっていた。世界観は同じく西洋ファンタジーな雰囲気で人々が生活をしていた。俺は、家も勘当になったらしいし、そもそも家がどこにあるかもわからないのでとりあえず人通りの多い場所へと向かった。
学園から数時間歩いただろうか、大きな道を見つけ馬車が走る方向に足をすすめてさらに数時間。巨大な城と城下町にたどり着いた。
「あーあ、運が悪いとかそういうレベルじゃないよ。まったく、元の世界の俺と違ってポルカくんが運動しててよかった」
合計数時間は歩いたがまだ足はピンピンしている。デカい街に出れば何とかなるだろう。
***
そんなふうに思っていた数日前が懐かしい。俺は日本というとても安全で平和な国に生まれた事から考えが甘かったらしい。
「学生? そんな制服見た事ないけど……田舎の方の学園かしら。どちらにせよ、身分証もないような子供を泊まらせることはできません」
「あ〜、帰った帰った。うちは子供だけの飲食はさせてないんだよ」
と言われ、路頭に迷った俺はポケットに入っていた財布すらスられてしまったのだった。学園を追放されて丸2日。白い制服は薄汚れ、俺が流れ着いたのはスラム街のような小汚い場所だった。妖しい魔法薬を片手におかしなダンスを踊っている奴らや、こちらを品定めでもするようにジロジロ見てくる老婆。飲食店のゴミ箱を漁っている子供たち。
日本では絶対に見ることのない光景だった。俺の目の前には濁った水溜りがあった。泥水だが、俺は水が飲みたくて仕方がない、膝を折り座り込む。
あぁ、風呂キャンセル2日目。もうどうでもいいや。
泥水を掬うように手を入れる。陽の光で温かくなった泥水はぬるく、とろみがあった。飲んだら死ぬとわかるのに、もう二日も水が飲めていない俺の体は止まらない。
ゆっくり、掬った泥水を口に運ぶ、鼻をつく臭いがしてまた躊躇する。けれど、飲みたい。水が、飲みたい。
「ちょっと、そこの君」
ぽん、と肩を叩かれて俺は掬った泥水を自分の胸元にぶちまけた。じわっと、嫌な感触がして腹まで泥水が垂れる。
「大丈夫? 君、学生でしょ? どうして水溜りの水を飲もうとしてるのよ」
声の主は俺の横にしゃがみ込むとこちらを覗き込んだ。その妖しい女性はフードを深々と被っていて鼻より上は見えない。けれど、口元だけでも彼女が美人だとわかった。彼女からは花のいい香りがした。
「だい、じょぶです」
「あら、すごい臭い。君、もしかして迷子? それとも親に捨てられた?」
彼女の言葉から「親が子供を捨てる」なんてことが頻繁に起こる世界なんだとわかる。ゲームでは言及されない部分はどういった作り込みになっているんだろう。いや、今はどうでもいいか。
「そんな感じです」
「そう、じゃあ今はお腹が減って泥水を飲もうとしてたの?」
「はい」
「素直でよろしい。私ね、向こう通りで探偵をしているのだけれど……最近依頼が増えてきて困っているのよね。お水とご飯を食べさせてあげるから手伝ってくれない?」
そう言って彼女は立ち上がり、俺に手を差し伸べた。一方的で少し怖いくらいの厚意に俺は警戒しつつも目の前の泥水を啜って死ぬよりはこの美女に騙されて死んだ方がいい。
「とりあえず、この路地は危ないから出ようか」
「はい……」
彼女は俺が立ち上がったのを確認すると、足早に歩いていく。複雑に入り組んだ路地を迷いなく足をすすめ、ものの数分で綺麗な大通りへと出たのだった。大通りに出ると、俺の様子があまりにも汚いのか臭いのか多くの人が目をひそめ鼻を摘んだ。
「君、名前は?」
「えっと……ポルカです」
「ポルカくん。私は……」
彼女は振り返って、鼠色のフードをさっと取った。ふわふわの金髪がフードの中から溢れ、俺の予想通り美人な顔が露わになる。
今まで生きてきた中で一番の美人。
「クロリナよ」
彼女の桃色の瞳に吸い込まれそうになって、それから俺は「クロリナ」と呟いた。女神? 天使? それとも妖精?
「さ、家に着いたらまずシャワーを浴びてね。あ〜、でもあの泥水って犬のおしっこだから家に入る前に服脱ごっか」
さらりと恐ろしいことを言った彼女はまた俺の前を歩き出した。