第10話 ダイナーのダイアナ
17時過ぎに事務所に着いた俺はテーブルの上に硬貨とメモが残されていた。
『私の分もテイクアウトよろしくね』
そうだ、ダイナーの話をされたんだった。俺はさっと硬貨を手に取ると朝彼女が教えてくれた場所へと向かう。一本奥の通りとはいえ、人は多く賑わっている通りで怖さは感じない。ダイナーの看板が出ている建物へ入るとその客の少なさに驚いたが、レトロでコーヒーと酒の香りがする店内がおしゃれで気に入った。
「どーも」
カウンターの奥から出てきたのは、メイド風のヘッドドレスにこえまたメイド風のミニスカートドレス。エプロンは白いフリフリ。とても可愛らしいユニフォームだが……
——ギャルだ。
「アンタ、リナの所の子っしょ? とりあえず座って」
気だるい雰囲気にちょっと濃いメイク。その口調もあいまって彼女が完全にギャルのように見えた。
「あの、俺はテイクアウトで……」
「それはリナの分でしょ? あークロリナね。あんたの所の」
「いや、俺も」
「別に、暇なら食べていけばいいじゃん。わざわざ料理が冷めて、ゴミが増えるだけだし。客も少ないんだから。あ、あたしはダイアナ。このダイナーの店主でリナとは友達。アンタは?」
「ポルカといいます。えっと、クロリナ探偵事務所の弟子、というか見習いというか」
「へー、ポルっちね。よろしく」
と言いながら彼女はせっせと料理を始めた。俺はまだ何も注文してないのだが。
「あの……」
「あぁ、リナはいつものチキンステーキで大丈夫だから。そうだな〜、ポルっちは初めての来店だし特別バーガーセットね」
どこの世界でもギャルというのは陽キャでちょっと強引らしい。幸い、俺は好き嫌いがほとんどないし、こういう強引な女性には慣れている。姉ちゃんがそういう感じだったし。
キッチンから立ち込めるいい香り、俺はカウンターに座っているのでくるっと椅子を回して窓のほうに視線をやる。
家路についている人たちは疲れた顔、嬉しそうな顔、それぞれだ。
「ポルっち、飲み物はオレンジジュースでいい?」
「あ、お願いします」
「了解」
ダイアナさんはグラスを取るとそこにオレンジジュースを注いだ。赤毛に緑色の瞳、そしてちょっと濃い化粧で近寄り難く思えるが話してみると優しい。
「はい、ポルっち。できたよ」
彼女の「特別バーガーセット」というのは本当に特別らしい。バンズに挟まっているのはパテ(ハンバーグ)ではなく分厚いステーキ。それからレタスにトマト、オニオン。白っぽいソースがかかっている。
皿の上には、バーガーだけでなくフライドポテトやコーンが乗っていてまさに「セット」だ。
「バーガー……」
「うん。西の方では流行っているんだって。いいわよね、手軽に手で食べられるし挟むのものによってはバリエーションマジ無限だし。サンドと違ってがっつり食べられるからちゃんと食事とった〜って気持ちになるし」
西洋風ファンタジーの中に急に現れたアメリカンな感じに驚きつつも、久々のジャンクな感じに心躍る俺。フライドポテトなんて食べたくて食べたくて仕方がない。
「いただきます」
口に放り込んだ熱々のポテト、皮付きのじゃがいもを櫛形に切ってあげたものだが、ちょっとしょっぱいくらいの塩味で最高だ。外はカリッカリで中はほくほくでもちもち。
すかさずバーガーを持ち上げてかぶりつくと、ジューシーな生野菜と熱々で肉感のあるステーキ、酸味があってクリーミーなソースが口内調味されてバランス良い味になっていく。
「美味しそうに食べるねぇ」
カウンターに頬杖をつきながら、ダイアナさんがニヤニヤして俺をみる。ギャルにメイド服、似合うような似合わないような。
「美味しいです」
「よかった。リナとは料理仲間なんだよね〜。あの子は伝統的な料理が上手で、あたしはこういう創作料理が好きなの。ポルっちは料理はしないの?」
「俺は掃除専門っすね」
「お、じゃあリナと相性よさそ。うち、朝苦手だから昼はやってないんだけど、たまには食べにきてよ」
オーブンから彼女が熱々のチキンステーキを出して紙のボックスにレタスを敷いてからその上にチキンステーキを乗っける。ソースはきのこのクリームソースのような特殊な感じでこちらも非常に美味しそうだ。
「リナ、こればっかり食べるから。ポルっちは好きなものある?」
「俺は……ポテトですかね」
「あ〜この揚げたやつ? 付け合わせだけど、好きなの?」
「はい。人気じゃないんですか?」
「うーん、ここにくる客のほとんどはマッシュかな。リナも基本マッシュポテト。あたし個人的にはあげた方が美味しいし食べやすいし、皿を洗うの楽だし」
確かに、さらにこびりついたマッシュポテトを洗うのは嫌である。スポンジも汚れるし乾くと最悪だ。
ダイアナさんはテイクアウト用の紙のボックスの封をして俺の横に置いた。
「美味しかった?」
「はい、すごく……美味しかったです!」
この世界にきて一週間ほど、クロリナさんの美味しいご飯を食べるのが日課になっていたがこういうジャンクフードは本当に久々だった。なんだか、ジャンクフードは魔力のようなものを感じる。これがないとなんかダメになるような。
「よかった。夕方くらいから大体店開けてるからたまにはきてよ」
気だるく俺に手を振って、それから料金を受け取った彼女はカウンターの奥へと消えて行った。たらふく食べて満足した俺は、クロリナさん用のテイクアウトを持って事務所へと戻った。




