8話 アン・シャーリー、日本人風の挨拶を受け入れる
伯爵令嬢というより財務省のキャリア官僚にしか見えない(小さすぎるけど)リリちゃんは、左右に4人の子分(リリちゃんより少し大きい。中学3年生ぐらいかな)を従えて、おれたちの馬車の前に立った。
マシューは馬車から降りると、かぶっていた帽子を手にとってリリちゃんに挨拶した。
「これはこれは、エリザベスお嬢様。このようなところまでわざわざお越しいただかなくても」
おれも、マシューのあとに続いておりた。
「ああ、御者席に置いた帽子は、別にもう手に持たなくてもいいいから。だからといって散弾銃を持たなくてもいいから」と、リリちゃん(本名エリザベス・オーガスタス)はおれに言った。
ふん、と、目を細めたリリちゃんは言った。
「あなた、日本人ですわね。それも男の子」
男の子というほど小さくはないんだけどな。だいたい合ってる。どうしてそれがわかったんだろう。おれの今の外見は、完全に物語の『赤毛のアン』そのままのはずだった。
「日本人ふうの挨拶をしてみて」
えー。
おれ、この仮想世界では試されてばかりいる気がしてきた。
えーと、どうするんだろう。右手をグーに、左手をパーにして、それをつなげるんだっけ。拱手、って奴。あ、女子の場合は左手と右手は逆か。
でもって、そのまま腰を曲げながら、ただし相手の体から目がそれないように、顔はそのまま正面を向く。
「サアコイ!」
おれは体をはすにかまえ、右手を前に出してリリちゃんに向けると、手の甲で、くいくい、と合図をした。
「ちがーーーーーーーう!」と、リリちゃんは言った。
おれもなんか、違うような気はしたけどね。
*
「日本人の挨拶は、これでしょ」
リリちゃんは、他の4人を並べて、左右を確認して、タイミングがずれないように最敬礼をした。
「世間をお騒がせして、大変申し訳ありませんでした!」
「申し訳ありませんでした!」と、他の4人も頭を下げた。
あー、これね。日本の企業の不祥事ではしょっちゅう見るけど、海外の報道ではあまり見ない、おれたちは悪いとは思ってないけど、世間がうるさいので形だけはあやまっとく、ってポーズね。
マシューは混乱したらしく、ひざまずいて帽子を手に持ったまま神に祈った。
おれは、面白いので土下座してみた。
「伯爵の領地だとは知らず、申し訳ありませんでした」
もういいわ、と、リリちゃんが言うまでおれは同じポーズをし続け、それから立ち上があると、ビスケット色のリリちゃんの髪の毛を、手でぱたぱたと叩いた。
なにすんだよ、と抵抗していたリリちゃんの、土ぼこりっぽい色はすこし薄くなって、きれいな黒い地色が見えた。