7話 アン・シャーリー、伯爵令嬢と会話をする
金貨に群がる子どもたちのせいで話がいっこうに進まないのにいらいらしたおれは、かぶっていた帽子を床に置き、座席の下の箱から、金貨に埋もれていた散弾銃を取り出した。おもむろにみつ編みをほどくと、髪の毛の色は赤毛ではなく金褐色に変わっていたのに気がついた。夕景の中でなければ、おそらくもっとぴかぴかの金髪だったかもしれない。瞳の色は確認できなかったけれど、もしできたとしたら闇の中の焔のように赤く光っていたかもしれない。
銃を手にして、空に向けて一発撃ったら、けっこう思いがけない反動で、おれはうしろにひっくり返って、開きっぱなしの金貨が入っていた箱の中にころがり落ちた。考えてみたら、この世界のおれは11歳の女子、それも貧弱な体格なほうのアン・シャーリーなんだから、そこんとこよく考えて行動しなければいけなかったんだ。
箱のふたが勢いで閉まって、半分ほどに減っていた金貨(正確には金貨型チョコレート)は、じゃりじゃりと増殖していっぱいになり、おれは押し出されるような形で外に出た。マシューはどうやらふたに手をはさまれたらしく、片手の指を押さえて使いものにならない。そんなおれたちを見て、金貨を漁っていた子どもたちは大爆笑。おれは動ずることなく、2発めを撃った。
「この中で、命のいらない子はいるか!」
だいたいの子どもたちは蜘蛛の子を散らすように(この表現は一度は使ってみたかった)逃げていき、あとにひとかたまりの、10人ほどの集団と、それに囲まれた地味っぽい子が見えた。
「お久しぶりだわ、コーデリア・スティングレイ」と、その子は一団をかき分けるようにして前に近づきながら言った。
おれ(赤毛のアン、またの名をアン・シャーリー)の実名を知っているとは、すみにおけない。
亜麻色(黄色がかった薄茶色、あるいはビスケット色)のショート・ボブは土ぼこりをかぶったままのようにも見え、灰色の瞳は痩せた狼を思わせる。瞳と同系色の女性用スーツ(スカートではない奴)を身にまとって、靴は歩きにくそうな茶色系の、すこしかかとのあるタイプ。おれとたいして大きさが変わらないその子が手にしていたものは、体型には似合わないトネリコの杖だった。
「あんたは……あんたは……誰だっけ?」
ここで突然選択肢モードの画面が開いた。
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私の名前は
リサ
リリ
ミミ
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えー、難しいな。ここで適当なこと言うと、なんかおれ以上に切れそうな気がする。
ゲームのキャラが待機しているような感じで、返事を待ち続けているから、これに答えないと先へ進めないらしい。
おれはかたわらのマシューに相談した。
「あの子は伯爵令嬢じゃよ。いや、さすがに、じゃよ、ってのはないな。とにかくそういうことで。名前に関してはノーヒント」
「そんなあ。だいたい伯爵令嬢ならそれっぽい格好してるもんじゃないの。金髪縦ロールで、フリルひらひらのドレスとか」
「あの役はこの仮想世界でも人気だからねえ。ブラック、ホワイト、レッド伯爵令嬢とかいろいろいると思ってくんねえ」
「じゃ、あのスタイルは……キャリア伯爵令嬢?」
「そうだね。浦和西高校から東大文一、財務省に行く系統かな」
なんでツッコミ入れないんだよ、じいさん。なお、その伯爵令嬢は、この世界のおれと同じぐらいの年だから、まだ中学一年生ぐらいのはずだ。桜蔭中学かな。
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普通に考えれば、リサ、ってのがエリザベスの愛称だから、それでいいよね。エリーとか、ベスも捨てがたいな。でも選択肢にはそんなのないし。
「そうだ、思い出したよ、リリちゃんじゃん、孤児院で一緒だったよね!」
とりあえず、リリちゃん、ということにしておこう。
しかしどうやら、ちゃん付けに関しては不満だったようである。