51話 アン・シャーリー、屋根から落ちないことをあきらめる
原作では、アン・シャーリーが屋根から落ちるのは初夏ではなく初秋で、動けなくなるのは3週間ではなく7週間だというのは言っておく。なんでこの物語をそんなふうにしちゃったかというと、そのほうが書きやすかったからです。
初夏の、セントエドワード島で一番いい季節に、アンが(ほどほどに)ひどい目に会うのは、アン以外の人間にはそんなに悪いことではないと思う。
怪我して7週間、ってのはちょっとかわいそうだから、これも変えた。最後のほうでは松葉杖で学校に行けるようになるんだっけ。
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「いてててててて」
おれ、すなわちアン・シャーリーは、屋根に上がる前に、はしごを登っていたら、はしごの踏み板が壊れて落ちて足を怪我した。
屋根から落ちた前回と比べても、痛さはそんなに変わらない気がするけど、屋根から落ちる前に呼んでおいた主治医とそのスタッフが素早く鎮痛剤を含む手当をしたので、長く痛みはしなかった。
「あかん、これはあきませんなー、手遅れですわ」と、桂枝雀に似た主治医は言った。
「手遅れってねえ、あんた、おれはちゃんと屋根から落ちる前に呼んでおいただろ。それで手遅れというのはどういうことだよ」
「そない厳しく言わんでも。えーと……はしごに登りはじめる前だったらよかった?」
「わかったよ」
おれはセーブした場所から再度やり直してみた。
はしごに近づくと足を折る。
立ち上がると足を折る。
セーブしようとすると足を折る。
セーブと足を折るのと、どういう関係があるのかは、わからない。
回を重ねるたびに、近隣の手すきのアボンリーの人々、学校のみんな、牛、馬、猫、カラス、その他の野生動物なども見物に加わり、ダイアナは庭に線を引いて、ここから中に入ってはだめ、小さい子、小さい動物は前に、と指示を出した。
とにかく、おれ、つまりアン・シャーリーが足を折る、という設定は変えられないようである。
哀れみの目でおれを見ていたジョーシー・パイは、ふん、と鼻の穴を、ブサイクではなく美人が広げる程度に広げて、別のはしごを屋根にかけると、軽々と上に登って往復してみせた。
本当、性格悪いな。
こういうのは入院して治療するほどでもないので、足を固定して自宅療養するしかないね、と、近代的病院でレントゲンを確認すると、主治医は言った。
「週に1度は病院に来てね、と言っても、その足じゃ馬車に乗るのも無理か」
「ルキフェルに堕天使の羽根を借りるので、ふわふわ飛べますから、なんとかなります」と、おれは言った。
「あーそうね、あんた、ルキフェルと友だちなんだっけ。そういうの、あまりヒトに言わないほうがいいよ。もっとリアルな『赤毛のアン』の世界を楽しみたい、って、この仮想世界に来ているヒトもいるからね。堕天使教徒とキリスト教徒との、闇の世界での闘争とかもあるし」
「何それ。くわしく聞かせて」
主治医は、一部をあいまいにしながらも、けっこう語った。30分ぐらいかな。
……ひょっとしてこの人、設定厨なのかもしれない。
創作ワナビーにはそういうタイプありがちだけど、ガチガチに設定固めたりすると、1話ぶんまるまる、口角に泡立てながら語っても、けっこう読者のほうでは、作者ほどには重要に考えたりしないものなのである。
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ダイアナとの、ろうそくを使っておこなう夜の無線通信技術は、出歩けないのでけっこう高度なレベルまで進んだ。
無門関、「趙州和尚、ちなみに僧問う、狗子にかえって仏性ありや、またなしや、州いわく、無」とかね。




