48話 アン・シャーリー、学校に行きプリシーと出会う(take 2)
(これは41話の別バージョンです)
アン・シャーリーのおれは学校に行くことになった。
行く前にマリラは一枚の板と筆記用具を渡して、肩かけバッグの中に入れて持っていくように言った。
「はい、石板とチョーク」
もらったものはモバイルとタッチペンだった。
「これ、携帯端末の大きいやつじゃないの?」
「だ・か・ら、石板とチョーク、って設定なんだよ。なくしたりこわしたりしたら、取り寄せなければならないから、新しいのが来るまでは、本当の石版使ってもらうからね」
はい、とおれは言って受け取り、平らなところで頭をばしばし、と叩いてみた。
金属製とはいえ、中身は電子機器なのでそんなに重たくない。
こつ、と、おれは石版ということになっている板で自分の頭を軽く叩いてみた。
それなりに痛く、存在感はあった。
これであいつを殴るのかー、殴られるあいつ、いい奴だといいんだけえどな。
いや逆か、嫌なやつのほうが思いっきりやれるから、むしろそのほうがいいかも知れない。
*
学校の途中、小川に沿った小道でダイアナと待ち合わせをして、クラスメートになる予定の子たちについてある程度教えてもらったけど、そんなことは「赤毛のアン」の中に書いてあることだから、とっくに知っている。
「もっと真面目に人の話を聞いてよ、わたしだって他のみんなについて勉強したんだから!」とダイアナは怒った。
要するに、リアル世界で『赤毛のアン』原典および周辺書で勉強したんか。
いずれリアルのおれと、リアルのダイアナは運命的な出会いをして、実生活でも友達になるだろう、と、堕天使のルキフェルは言ったっけ。
きょうのルキフェルは、ネコでもフェロモン盛りすぎのおねえさんでもイケメン男子でもなく、カラスのかっこうで、先に行ってるからな、と言い残して、ばさばさと飛んでいった。
授業には出ないで、その間はすこし離れたところから監視するらしい。
監視、というのはいいかたが変だな、要するにおれがなにをしでかすのか、楽しみながら見守ってる、みたいな感じ。
基本的にこの世界は、物語のアン・シャーリーが暮らしていたグリーン・ゲイブルズと同じだから、学園に魔獣が攻めてきたり、貴族と平民の対立があったり、第二王子や悪役令嬢がいるわけではない。
似たようなのはいますけどね。
*
教室に入るとおれは最後尾に巨大な水槽があるのに気がついた。
水槽の中ではタコが器用に、6本の触手を動かして、防水加工の石板(携帯端末)の上に字を書いている。残りの2本は固定用の触手、つまり足に相当するものらしい。
色は濃いピンクで、難問に出会うと色が黒に近い灰色になり、口からスミを吐くようである。
「あれ、ってタコだよね」と、おれはダイアナの隣にすわった。
「プリシー? あんたにはあの子がタコに見えるんか」
「だってどう見てもタコじゃん! ヒトとかイカには見えないよ!」
とか話していると、アンドリュー先生がつかつかとやってきて、おれの頬を平手打ちした。
それは嘘ですけど(いくらこの時代でもそこまで暴力的じゃない)、おれを立たせて、リンド夫人のときと同じように上から下まで眺めると、口角をすこしあげて言った。
「きみがマリラとマシューの家に夏のはじめから住んでいるアン・シャーリーだな。噂は聞いていたけど、はじめまして」
アンドリュー先生は、アンであるおれの1.5倍ぐらいの大きさなので、おれは見上げないと顔が確認できなかった。
「この学校は、初等教育を受けたいと思う者には誰にでも門戸を開いている。ヒトでなくても、プリシーのようなタコでも、あそこの窓から覗いてるカラスでも」
あいつはカラスではなく堕天使で、おれのよく知っているルキフェルが変身した姿なんだけど、別に勉強するために覗いてるわけじゃないと思う。
「われわれが入植してくる前から住んでいた先住民でも、そして赤毛の、将来美人になるお嬢さんでも、この学校の授業を受けられる。ただしフランス人はだめ」
「どうして?」
「設定がそうなってるから。たぶんロブスターを食うからなんじゃないかな」
おれたち日本人はタコも食べるよ、って言ったら、先生は青ざめるだろう。
触手に小さな棍棒、たぶん特殊なタッチペン、を持ったプリシーが、コツコツ、と水槽を叩いたので、先生は急いでプリシーのところへ行った。どうやら与えられた課題が終わったらしい。
「それじゃあまた、ローマ帝国史のつづきの勉強をしよう」と、先生は言った。
教室のみんなは先生を無視して黙々と自分のやりたい学科をやっている。
ゆっくり動画で歴史やアニメの勉強をする者(これはリアルだと中学生ぐらいかな)、複雑な立体の体積を求める者、下半分を電卓にして惑星の軌道計算をする者、と思ってたよりレベル高い。初等教育をよそおった現代の中・高校生ぐらいに思える。
(プリシーは、私と同じくキリスト教時代の世界については知識が及ばないのだ)
おれの頭の中に、ルキフェルの声がひびいて、おれはびくっとした。
(あと、どうして先生はプリシーにだけ、特別個人的に教えてるか、ってのも知らないだろ)
(そりゃ、大学に行けるぐらい頭がいいからなのでは?)と、おれは頭の中で言った。
(もっと根本的な理由がある。プリシーの実家は太い、つまり資産がとてもある、からなんだ。海に沈んだ財宝、けっこう持ってるからね)
なるほど。




