(番外10)アン・シャーリー(の中の人)、下校途中の小学生をつかまえる
そろそろ梅雨に入りかかろうとした季節で、晴れた日は暑くて、街路樹の緑は日々に色を濃くしていた。
その図書館は、途中でやや左に角度を変えている急な坂、通称みたらし坂として知られている、を登りきった交差点を右に曲がった小道に面しており、自転車置き場の奥に建物がある。
そこから一人の少年が出てきた。半ズボンに野球帽をかぶり、おしゃれな、中身が中学・高校生よりもたくさん入ったリュック型のバッグを背負って、肩からは大きな布バッグも下げていた。
少年が図書館を出て道に戻ろうとしたとき、ひとりの、日本人が一般に考える天使のように美しい、同じ年くらいに思える少女とすれ違い、少女は1冊の、手に持っていた英米詩人選集を落としてしまった。
「どうもありがとう」と、拾うのを手伝ってくれた少年に、すずやかな声でお礼をいい、さらに「あなたも本を読んでるの?」と感動したように続けた。
確かに少年の布バッグには、何冊かの『赤毛のアン』に関する参考書のようなものや、その時代を知るための本があり、小学校ではあまり置いていない本のように思えた。
「いいね、そんな本読んでくれてるなんて。私もアン・シャーリーの本、大好きだよ」
少女はなるべく自然に思えるように話しかけたのだけれど、少年は照れてしまって、「ごめん」とつぶやくと、足早に去ってしまった。
あーあ、と少女はつぶやき、携帯端末で通知を送った。
『第一作戦失敗。次の作戦に移る』
少女の体は、きらきらした新緑の緑から闇の黒のつぶつぶした粒子に変わり、その場から消えた。
作者はその二人を観察し、おれは堕天使系美少女に変身していたルキフェルからの通知を受け取った。
*
小走りに走っていた少年は、自分の家の方向に向かう途中の、小学校に沿って作られた坂道の狭い横道かた飛び出した、やや小ぎたなくて腕力がありそうな、少年と同学年と思われる者とぶつかった。
布バッグの中の一部がはみ出して、地面にあまりカラフルではない色の本が広がった
小汚い少年は、本を借りた少年よりやや小汚い感じで、「何しやがるんでぃ」と突き飛ばしてきた。
「お前、この学区の小学校のもんじゃねえな。一体どこから来やがった」と、貧困というより野外活動をそれなりにおこなっていることに基づく小汚さを感じさせる少年は言った。
あわてて散らばった本を拾おうとする、体をぶつけられた少年を見た小汚い少年は、「手伝おうか」と手伝い始めた。
「男子なのに『赤毛のアン』とか、関連の本読んでるんだな」と感心したように言った。
「俺もちょうど今読んでるよ。この話の中で誰がいちばん好き?」と少年が聞くと、図書館から来た少年は本をかき集めると、「ごめん」と急いで逃げ去った。
「第二作戦も失敗だった」とおれはつぶやいた。
「わたしの考えはだいたい上手くいかないと思ってるだろ。今度は大丈夫だよ、多分」と、携帯端末の相手はおれに確認した。
*
走るのをやめて歩き出した少年は、路地の角から8割がた顔を出したハチワレネコが「にゃーん」と鳴きながら顔を引っ込めるのを見た。金色に光る首輪をつけているから、近所の飼いネコが脱走したのだろうと、少年は判断した。
ハチワレネコはやはり「にゃん」と鳴きながら路地の奥の方へ去っていった。少年は思わず足をとめ、目線をネコの高さにして、そろそろとそのあとをついていった。引き続きネコは誘うように、ときどき後ろを振り返っている。
しばらく歩いたあと、その先を見ると、おれの足元に気がついて、ハッとして後ろを振り返った。すると、そこにはハチワレネコではなく、クロネコを抱えた、中学生くらいの黒い髪の女の子が立っていた。
フリルが多めで、黒と白で統一した魔女もしくは魔法少女、というよりすこし厨二病っぽい雰囲気のあるその子は、少年を見て、「やっと見つけたのだ、ダイアナ。我の名はニャ、じゃなくて、ナンシー」と言った。
少年は再び向きを変えて、ハチワレネコが去っていった方向を見た。おれと、男性体の堕天使・ルキフェルがそこにいた。
仮想世界で「ダイアナ」、現実世界で「ダイチ」と呼ばれていた少年こそが、おれが情報をつかんで何日も計画を立てていた相手だったのだ。




