6話 アン・シャーリー、食べ物の表現に制限をかけられる
「全然減らないね」と、マシューは言った。
「減らないねえ」と、おれも答えた。
おれたちが馬車の上から金貨を撒きはじめると、どこから話を聞きこんで来たのか、群がる子どもたちの数はどんどん増えていった。池の鯉にエサを与えているというか、第二次世界大戦後の日本で進駐軍が戦災児たちにガムやチョコレートをばらまいてるというか、そんな感じになってきたのだった。
「金貨引換券、あったら買うよ、なかったら売るよ」と、わけわからん昭和の時代のダフ屋みたいな子どもまであらわれた。鳥打帽子にニッカボッカーという、なかなかおしゃれな服装だった。しかしそんな、引換券まで出回ってるとは。
「その券って、なにで売ってもらえるの」と、おれは聞いてみた。
「えーと……金貨?」
質問に疑問形で答えるなよ。
だいたい、金貨で金貨引換券買ってどうすんだよ。
*
なお、御者席の下の、箱の中にあった金貨も全然減らない。
ばら撒いて、だいたい残りが3分の1ぐらいになるとマシューが箱の蓋をいったん閉めて、また開けると、中の金貨はまた一杯になってる。さすが仮想世界である。
「いいねこれ。現実世界でもこんな箱あったらなあ」と、おれは言った。
「なんか勘違いされるといけないから言っとくけど、これ、金貨じゃなくてチョコレートだから」と、マシューは言った。
なんだったらいくつか食べてみる? おいしいよ。
おれは数枚の金貨を手にとってかじってみた。
確かにこれは。
「なお、食べ物の表現において以下の語は禁じられています。「それでいて」「ほのかな甘味が」「口いっぱいに拡がる」」と、マシューはちょっとAIっぽい口調で言って、おれに一枚の紙を渡した。
隠し味。
心地よい。
さっぱりとした。
すぐに。
たちまち。
わずかな。
その紙には、数十の語句が並べられていた。
「何これ」と、おれはマシューに聞いた。
「食べ物を表現するときに、愚かな作家が使いたくなる語ってあるじゃん。それの一覧」
言われてみるとたしかに、そういうのやたら使ってる素人(に毛の生えた程度の)作家って見かけるけどさ、味覚・嗅覚の表現ってそもそもそんなに多くないんだから、あきらめるしかないんじゃないかなあ。
「あ、おいしい、ってのは問題ないんだ。あと「まったりと」はリストにないんだね」
「今どき「まったりと」なんて使う作家はいない」
おれは納得した。
「これは……このチョコレートは……金のかかってる味がする!」
こんな感じだったらいいのか。
だめらしい。
マシューはゆっくりと首を振った。縦方向じゃなくて横方向に。
*
おれは、手にした金貨(型のチョコレート)のうち一枚が、他のものと比べて色がすこしだけ違っているのに気がついた。どうもうっすらと蒼びかりがしている。
「この金貨は、味が違ってるね。海産物っぽい味が混じってるよ」
「よく気がついたな。見本としていくつか仕入れた中に、日本の業者が作ってるものを混ぜてみたんだ」
昆布出汁か。
「日本製のチョコだと、以前抹茶味のものも試してみたんだけど、評判が今イチで」
そりゃそうだろうね。日本人にだって実は抹茶味、人気ないよ(個人の感想です)。
*
「ギブ・ミー、ギブ・ミー、チョコレート」と言う、子どもたちのあからさまな声も大きくなって、おれのいらいら度はマックスになりつつあった。背中からうなじ、つむじのほうにかけてかんしゃく玉っぽいものが上がってくる。要するに毛が逆立ってきてる。
原作の『赤毛のアン』でも、アン・シャーリーのかんしゃく爆発は有名なのである。