46話 アン・シャーリー、夜鳴きヌードル屋に勘定を払う・2
「あ、ごめん、あんたヒトだったっけ。あっしらはこの勘定のしかたで慣れてるもんだから」
「でも実質、それって5セントなのでは?」
「リアル通貨扱うことないから、今まで不自由はなかったと思いねえ。じゃあ、10セント」
今度は比較的安いな。
「銭は細かいんだ、勘定してくんねえ」とおれがいうと、親父は一枚の細長い板を出した。板はアクリルで、1セント硬貨が10枚ずつ、2列に並ぶようになっている。
「ひいふうみいよおいつむうなな。いま何どきだい?」
「7時ぐらいかな」
「やあ、ここ、とお……じゃないね」と、おれは2列目に金を並べはじめて考えた。
「そう、ここ、のつぎは、A、B、C、D、E、F、10」
「16進法か」
おれはあきらめて勘定を払った。金額は間違えてないからいいだろう。
「別のもあるよ。オチをつけたいヒト用。こちらだと20セントだけどね」
親父はおれに、小銭計算用スケールをみせた。携帯端末の中に収まる大きさで、指先ほどの大きさの、コインのアイコンが、横2列で縦が10行になってている。
ただし、おれから見て上の2枚×2、つまり4枚分はふさがれている。
「銭が細かいんだから勘定してくんな。ひいふうみいよおいつむうなな。いま何どきだい?」
「10時かな」と言って、親父は数えて8番目のアイコンをクリックした。
「11、12、13、14、15、16、17、20セント」
「へえ毎度あり」
「毎度じゃないけどね。このスケールは、2進・8進・16進法で金が払えるんだ」と、おれは感心した。
「値段はどのやりかたでも10進法の16セントで、口座から引き落としになってるよ。ところでアプリとか登録しておかない? あっしの居場所がわかって、通知もらえたらちゃんと指定場所まで行くよ。おまけにポイント還元もあるし、独自スタンプが3つたまると、トッピング無料」
「ずいぶん21世紀っぽい仕組みね。時代設定とか考証関係ないんだ」
「あのねえ、19世紀末のカナダに、そもそも夜鳴きそば屋があるわけないだろ。あまり人をバカにすんなよ」
親父が推奨したアプリは、どうせみなさんも想像つくでしょうけど……「ソーバー・イーツ」。
「うちらは、どんな仮想世界でも出没するから、なにとぞご利用を。タイタニック号の船内とかオースティンの小説とかね。『高慢と偏見と夜鳴きそば』みたいな感じで」
そして、親父は、発泡スチロールの丼と、その中身と、箸と、おれを置いて行ってしまった。丼その他は、そこらへんに捨てておくと、非ヒト型のキカイが勝手に回収するから、という話である。
へたくそな、ヒト型っぽいAIの吹くチャルメラを聞きながら、月明かりの下で、おれは考えた。
タイタニック号の中だと、けっこう売れたかもしれないな。
「ぼくの記憶だと、イエス処刑のときもすごかったよ」と、声があった。
「なんだ、ルキフェルか」と、おれは言った。
ルキフェルは堕天使なので、イエス・キリストが神になる以前のことはよく知っているのである。神になってからは、教会や信者同士で語られることに関しては、信者が宗教施設への出入りを禁じてしまったため、くわしくないので、おれその他の日本人みたいな、あまり宗教とは関係ないヒトから情報を仕入れているらしい。




