43話 アン・シャーリー、夜鳴きそば屋破壊命令を受ける
丘の上にあるダイアナの家の、ダイアナの部屋とのろうそくのやりとりを繰り返すうち、おれたちは複雑な会話もできるようになった。ろうそくと厚紙を使って、明かりを見せたり見せなかったりする合図やね。1回だったら「マジで」、2回だったら「ウける」、3回だったら「ヤバい」。当日の晩ごはんのメニューについて細かく語れるようになったんだけど、よく考えてみたらおれら、携帯端末使えるんだから、通知でやりとりすればいいんじゃね、と気がついてからは、5回の点滅で「至急連絡を」以外は、様式美として使うだけのことになった。
「テキ……ゼンポウ……3マイルニ……セッキン、か」という知らせを受けると、おれは暗闇でも目がきくようにしておいた片目眼帯を外し、赤い乗馬用の服に着替えて散弾銃を担ぐと、窓を開けて、サクラの木の下に止めてあった芦毛の馬にさっそうと飛び乗ろうとした。しかしかっこつけて木の枝で一回転すると、馬は気配を感じたのか位置をずらしたので、飛び乗るのには失敗したうえ、食欲旺盛な仮称・愛馬オグリンは落下したおれの頭をニンジンと勘違いして、がしがし噛み始めたのでけっこう痛かった。
アヴォンリーは、元々農業が中心の地域なので、馬に直接乗るような馬具も技を持つ者も基本的にはない。郵便屋や荷物の運び屋でも馬車を使っている。おれは先住民に3日ほど講習を受けたのである。
かねてから馬具に備えつけておいたいたバッグと少しばかりの金を持ち、俺はダイアナの丘の脇を通り、メインストリートの交差点近くで夜鳴きそば屋を待つことにした。夜鳴きそば屋は大抵一台だけで、チャルメラのような音を鳴らしながら勢いよく走っていく。いったい誰がそのそば屋に注文できるのかさっぱりわからないが、俺はそば屋の明かりを見つけると、空に向けて散弾銃を撃ち、相手の馬が立ち止まるのを待って注文することができた。 撃った勢いで再び馬から落ち、再び頭をかじられた。
その夜鳴きそば屋が現れ始めてから、もう数日になるだろうか。夜中、ちょうど勉強が進んで小腹が減った頃に必ず通るので、いつの間にかそのタイミングを覚えてしまったのだけど、待ち伏せをしないとつかまえるのは難しいのに気づくのはさほど日数はかからなかった。
「おい、そば屋!」と、おれは声をかけた。
「できるものは何だ?」
「へえ毎度、じゃないね、はじめてだね。できますものは、花巻そば、しっぽくそば、それから……ロブスターそばかな」と、そば屋の親父は答えた。
「へえ……じゃその、ロブスターそばを一杯くれ」
「できるとは言っても、すぐにできるわけないだろ。要予約だ」
「そうだね。花巻、ってのはワカメで、しっぽくというのはチクワか。ところでチクワって英語でなんて言うんだっけ」
「え、え、えー? マ、マジック……バンブー……」
「マジックはないだろ。AIならちゃんと学習しとけよ」
「うんごめん、フレーム問題化しすぎちゃった。wakameとchikuwaだよ」
「それにしても、なんでいつもそんなに早く通り過ぎちゃうの。あと行灯の印、変わってるな。屋号はなんて言うんだ」
「質問は一度にひとつだけにして。急いで走らないと野盗に襲われちゃうからに決まってるだろ。それから行灯、変わってるでしょう。屋号は考えてみて」
「なにこれ、赤いモビルスーツがビームライフルをかわしてる……外れ屋、じゃなくて、当たらなければどうということはない屋?」
「惜しいなあ。当たれば大変なことになる屋だよ」
まさかの対偶。




