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37話 アン・シャーリー、大戦闘を見学する

天気はその後、どんどん悪くなり、おれたちは急いで帰る準備をした。空は黒く、海は灰色で、ぽつぽつと降り出した雨はじきに土砂降りになり、マリラはかねて用意の雨合羽(マッキントッシュ、って言うやつ)を御者台の下から引き出しておれに渡した。素材はビニールに近いゴムで、防水用に羽織るにはいい感じだけど、当然サイズは11歳の女子には大きすぎて、意図せずして萌え袖みたいになってしまった。帰り道の半ばまで来たとき。


「なにあれ!」とおれは叫んだ。


 海が3割で船が7割。何百隻の、それもさまざまな様式の船が海を覆い尽くしていた。最新鋭の輸送船だけでなく、バイキングのロングシップに兜をかぶった戦士や、ガレオン船にバンダナを被った海賊、アメリカ兵が馬に乗ったイギリス風の何かまでいた。


「あれは上陸演習だね。雨が降るとよくやってるんだ。プリンスエドワード島のこのあたりは、ブラフ・エッジで、イギリスのスラプトン・サンズに似てるから」


「スラプトン・サンズってなんだよ」


「へー、知らないんだ、あの有名な海岸、へー、へー、へー」と、マリラは生意気なマンスプレイニングをしたので、おれは一度この仮想世界を停止して、携帯端末でウィキペディアを読んだ。ノルマンディー上陸作戦の前に、アメリカ軍が演習したところか、へー、である。


 こちらも防衛演習は日ごろやってるから大丈夫だよ、と、マリラは言って、空と地面を指さした。


 地面には、行きにおれたち、というよりほぼネコのニャンシーが撒き散らした、銀色と黒色のニボシが少し雨水で湿っており、それを無数のカモメとカラスが口にくわえて、ぶん、と飛び立った。銀のニボシはカモメで、黒のニボシはカラスである。敵が数百隻なら、こちらは数万羽である。


どんな敵でもおいでなさい

力合わせりゃなんでもない


 これは、『エノケンの孫悟空』の中で、孫悟空たち3人によって歌われる歌だな。歌詞は間違ってるけど。


 ひゅんひゅん。


 ひゅんひゅん。


 ひゅんひゅん。


 ……いくらやってもきりがない。そのようにカモメは銀色の、ニボシにしかみえない魚雷を前方域の船にぶちこみ、カラスは、ひゅう、ひゅう、ひゅう、と黒色のニボシ、じゃなくて爆弾を急降下爆撃で中域の船に落としてやっつけていった。タワーディフェンスゲームの変形かな。、


 最後方の軍艦は、大砲を持っていても対空兵器は十分に持っていないらしい。そしてその船は1隻ずつ、巨大な触手のようなもの、ではなく触手に持ち上げられ、ぽい、ぽい、ぽい、と、幼児がトミカのミニカーを放り投げるように、軽々と持ち上げては沈めていた。


「あれはクラーケンヤケンね」と、マリラは言った。


「クラーケン?」


「ちがーう、だから、クラーケンヤケン、やねん。わしゃあ、クラーケンやけん、世間のことはよう知らんでのお、言うてたで。広島育ちやで」


「クラーケンヤネン?」


「なんでやねん」とマリラは、大阪のおかんみたいにどついた。


「ちなみに名前もあるよ。名前は……」


「ちょっと待って、当ててみせるから」と、かろうじておれはアン・シャーリーの物真似をした。


「えーと……スガワラブンタコ……」


「なんだよブンタコって。しょうがないなあ、じゃあヒントあげるよ。「触手……武器用ですから」」


「わかった! タカ・クラーケン」


 すこしセリフが違う気がするけど、たぶんそう。ターボババアと合体して宇宙人と戦う高校生だな。


 なお、ニャンシーとその魔法仲間に応援を頼んだら「日曜と平日の午前中は仕事しないことにしてるのだ」と返信がきた。


 マリラのほうはリンド夫人から、ごめーん、雨がひどいから別の日にする、って通知があったそうである。


 いずれにしても、帰り道の途中だからどうしようもない。


 沿岸でおこなわれている大戦闘を、見てみないふりをしながら、おれたちは家に戻る道を進んだ。

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