3話 アン・シャーリー、そうさのう、に納得する
馬車の上から見た景色は、たぶんリアルのおれがこの道を歩いたら見える景色よりやや高く、日本とは違って道の両側に雑草が生い茂ったりはしていない。それがこの土地、プリンス・エドワード島のリアルなのか、プリンス・エドワード・ランド(アイランド・ランド)の虚構なのかは不明である。
「やっぱ日本からのツアー客って多いのかな」と、おれはマシューじいさんに聞いた。
「欧米以外だとそうなるのう。あ、そうさのう、って言うの忘れてた」
そうさのう、は、マシューじいさんの口癖ということになっている。英語だと「ウェル・ナウ」か。これも翻訳ではいろいろある。マシューはアニメ版に準拠してるんだ。
馬車の運転席というか、御者席は思っていたより広く感じた。それはたぶんおれの体が11歳の少女の、それも貧弱なほうの体型で、マシューも欧米人にしてはさほど大きくないせいだろう。
「ほら、あそこに大きな池が見えるだろ。あれに君はどんな名前をつけるかな」
メニューの選択画面が出てくるというわけではないのかよ。いきなりそんなこと言われても、そもそものおれは、リアルのアン・シャーリー(という言いかたは変だけど)ほど想像力が巧みなわけじゃないし。選択モードなら「バリーの池」とかすぐに答えられたところだ。
「えーと……水子池とか」
「それにかかってる橋は」
「父追橋」
「その手前の辻は」
「幽霊の辻かな」
マシューは手綱をひいて、ウマを一度止めた。
「あんなあ、それは桂枝雀の落語「幽霊の辻」やろ。あんま大人なぶりせんといて」
正確には小佐田定雄の創作による新作落語だけどね。
「ごめん、本当にごめん。ていうか、マシューって関西人だったんだ」
「ちゃう」と、マシューは力強く言った。
*
「ところでマシューって、やっぱAI、人工知能だよね」と、おれは再びウマをぽくぽく歩ませたマシューに聞いた。このバーチャルな世界で、その世界の案内役はだいたいAIだと思っても間違いない。
「なに言ってんだよ。ぼくがAIなわけないだろう」
どう考えてもAIである。
「いいからさあ、本当のこと言ってよ、おじさん。誰も聞いてないから」
「いや、あそこの道のすみで黒猫が聞いてる」
言われたとおり少し先には尾の長いクロネコが、しっぽをたゆたゆさせながら、のんびり馬車に並ぶような速さで歩いていた。おれは半ば壊れた古いバッグの奥のほうからニボシを取り出し、ぱらぱらとネコにばらまくと、ネコは立ち止まってそれを食べて歩みを止めた。十分に離れたところで、おれは再びマシューに聞いた。
「いやまだ、そらにヒヨドリとかカモメがいるし」
おれは荷車の、ホロで覆われた下にふたりで潜った。
「ここならどうよ」
「……いいや……君が聞いてる」
確かにそうだけど。どないせぇちゅうねん、と、おれまで関西人っぽくなってしまった。
しっかり問いただしたところによると、真のAIは、自分はAIじゃない、って強く断言する奴だ、そうである。
「観光客、つまりリアルのヒトの場合は、そ、そ、そうさのう、なんかこの口癖、恥ずかしいかあまり言わないようにしたいけど、えー、自分がAIかどうかわからない、って言うと思うんだ」
なお、ヒトでない、トリとかネコのような動物は低級AIだから、基本的には無視してもかまわないらしい。
「赤毛のアン・ランドの鬼法則、その13。ヒトにAIかどうかは聞いてはいけない」
1から12は何なんだろう。
幽霊の辻(仮)に差しかかると、それまでは姿が見えなかったゴブリン、じゃないな、数人の子供たちが座って、おれたちが近づくのをにやにやしながら見ているのに気がついた。