22話 アン・シャーリー、部屋をくんくんする
「確か4年前に、壁紙を張り替えたんだよね」と、マリラは適当なことを、予備室について言った。
実際には、りんごの花模様の壁紙は、アン・シャーリーがここに住むようになってからだった。しかしおれが来たときに、すでに部屋はむき出しの壁や天井ではないのは、うす緑色のカーテンが部屋の窓にかかっていたのと同じである。
おれは、壁を叩いたり、匂いをかいだりして事件の真相を探ろうとした。つまり、なぜマリラがそうしなければならなかったか、である。マリラは、そんなに特別な音とか匂いなんかあるわけないんだけど、と、仮想世界で事実を知っているAIのようなことを言った。
そして、おれは窓の下の、床よりすこし上のところに、探していたものを見つけた。手のひらで触るとわずかに感じられるくぼみ、および、燃えたものと木材が発する匂い。
「これは9x19mmパラベラム弾が打ち込まれた跡だ。この時代には存在してはならない、つまり1902年以降に作られたものだけど、20世紀にはさまざまな拳銃で使われていて、物語の中としてはグロック17が有名かな。要するに20世紀末以降は、自殺に見せかけた殺人として使われることが多くなったので、あー、これで死んでると、誰かに殺されたんだな、と、大多数の人間は解釈するようになっている」
おれは壁紙を30×40センチほどの大きさに、慎重に切り取り、見つかった穴の中に携帯端末用のタッチペンを差し込んでみた。警察はさすがにいい仕事をしたらしく、銃弾が見つかることはなかった。しかしタッチペンの先は、ただの穴からではない、焦げ臭い匂いを感じることができた。
「警察は、マリラのきょうだい、察するところマシューの双子の兄弟かな、が療養していたこの部屋での証拠物件と死体を分析して、自殺だと結論づけた。しかし実際は殺人かな」
「ふん、なかなか面白い推理をするね、名探偵。だったらその証明と真犯人、動機はどうなるのよさ」と、マリラはいかにも真犯人が言いそうなことを言った。
「ないよ。でも、この角度で、自殺する人間が弾を自分に打ち込めるわけは………あーっ、わかった」と、おれは右手をパーに、左手をグーにして手を打った。要するにミット打ちですね。
「犯人はシャーロック・ホームズ」
「ええええっ、どうしてそんなことが、じゃなくて、どこからそんな推理したのよ」と、マリラは真犯人ではないかのように驚いた。
「もうすでに、この時代にはシャーロック・ホームズは、いた、ってことになってて、おれがしたのと同じような推理をしてるからなのね。犯人は、えーと、大学生で背が高い、ちょっと様子がいい、左利きの男。って、それだとリアルのおれだから、それはこっちに置いといて」
実際、ホームズは1890年代のうち2年間、モリアーティ教授と決闘して滝壺に落ちたあと行方不明になってるんで、チベットに行く前に、カナダの島に意識不明で流れ着いててもおかしくない。記憶を失ったホームズは、グリーン・ゲイブルズで療養したあと、この地を離れた。
また作者、どうでもいいスピンオフを考えてるな、と、おれは思った。
*
「それにしてもこの部屋、妙に窓とドアが広くないかな」と、おれはマリラに聞いた。ドアも窓も、横幅はアン・シャーリーが両手を広げても届きそうにないぐらいの幅があった。
「だいたい予備室ってのは、死にかけた人が送られる場所だから。死んじゃったらみんなで運び出しても詰まったりしないようになってるのよさ」
「あー、このくらいの部屋とその出入り口なら、きょうだいふたりが猩紅熱で倒れてくたばっても大丈夫……な……」
「どうしたんだ、イーが最後につくアン」
「おれの両親も、そういえば熱病で、おれが生まれてすぐに死んじゃったんだっけ」と、おれは原作を思い出した。成長したアンが、両親が住んでいた家を訪ねるところだな。『赤毛のアン』には出てこないけど、シリーズの別の巻で語られている。
「死んだ大人は階段から降ろすんだけど、子供の場合は別の方法もあるんだ」と、マリラは腕まくりをして、ふん、と力を入れて窓を開けた。怪力設定のマリラでないと開けられない窓だったら、翌朝アンが自分で窓を開けて、景色を眺めることはできないんだけど、どうするんだよ。
あんまりあれこれ考える間もなく、おれはマリラに抱きかかえられて、窓の外に、ほーれ、という感じで放り投げられた。
下では、たくましそうな男たちが6人、大きな布を張って待ち構えてくれていた。




