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19話 アン・シャーリー、まずい紅茶を飲む

「さあ、たんとお食べ、ボナ・ペティだよ」と、マリラはマシューから事情を聞き(とはいっても、これこれこういうわけでな、ぐらいの省略のしかたである)紅茶を入れたあと夕食を用意した。用意された夕食は、山盛りのリンゴの砂糖煮とジャガイモだった。


「えー、肉ないの。半魚人のミリセントさんにもらったキュウリと、先住民のキモサベ(仮)さんからもらったイノシシの肉あるじゃん。冷しゃぶしようよ」と、おれは言った。


「この時代のカナダにしゃぶしゃぶなんかあるわけないだろ。一応、デリバリーで頼めたっけ」と、マリラは人差し指で30×50センチぐらいの四角を書いた。なるほど、この世界だとそうやるとフレームができて、ステータスとかメニューが表示されるのね。


「どうも食べごろのブタ・イノシシ肉のいいのは入ってないかな。明日の昼までには用意できるって、肉屋は言ってる。だけど、アン、設定的にはあんたは絶望のどん底に落ちてるんだから、食欲はないはずだよ」


「だからそれは原作ではそうだけど、おれは原作読んでてこのあと、孤児院に戻されるとか、ブルエット夫人に子守として引き取られる、ってことはないってこと知ってるし。あーっ」と、おれは、紅茶をカップからソーサーに移して飲んでいたマシューを見て言った。


「その飲みかた、昔のイギリス人がやってた通りだね。変なところ原作に忠実なんだな」


「ソーサーのう」と、マシューは言った。そのギャグを言いたいためにそういう飲みかたをしたのかと思うぐらいだった。


 これは原作じゃなくて、原作を元に忠実に映像化した日本のアニメに準拠してるんだけどね。


     *


 マリラは鍛え抜かれた体と、背筋を伸ばした姿勢が美しい初老の女性で、若いときにはけっこうモテたと思うんだけど、どうして独身なのか不明だった。しかしその理由を当人に聞いてみても、知らない、とか、どうしてなんだろうね、と言うだけだ。この世界のマリラは、マシューと同じくヒトのサポートをするAIだから、原作者もしくは二次創作者が書いていること以外のことは想像・創造できない。いや、作れないことはないと思うんだけど(創造力を持つAIだっているよ。あなたの世界にはいないのかな)、そういうのは自分で考えてごらん、と、とりあえずAIは支援するのよ。ゴルフにおけるキャディみたいな役。ここからグリーンまでは何ヤードだから、○番を使うといいかも、ぐらいは言うけど、ゲームをするのはプレイヤーであるヒトだからね。


 たとえば、マリラは、将来を誓いあった恋人がいたんだけど、事故や病気で亡くしてしまったため、結婚の機会を逃した。これぐらいは普通のヒトなら考えつく物語のひとつだ。21世紀の学園ライトノベルなら委員長タイプ。百合とか幼女愛その他マイナーな性愛癖は、とりあえずないものとしておこう。それにしても。


「どうもあまりおいしくないね、この紅茶」


「紅茶の素人には言われたくないなあ。茶葉、お湯の温度と量、カップの温度その他、今までそんなこと言ったヒトは、いない、と言いたいところなんだけど、なんか中の人が日本人のときには、しょっちゅう言われるね。どうして」


 おれはしばらく考えて、こう結論づけた。


「ノヴァスコシアの水は軟水なのに、プリンスエドワード島のは硬水なんだよ。でもって、日本とかイギリスの水はだいたい軟水で、紅茶には適しているけど、硬水はそうじゃないんだ。そして、まずいものに慣れてしまうと、ヒトおよびそれに類するモノは、それをまずいと感じなくなる」


「なるほど」と、マリラは太い腕を腕組みして言った。


「じゃあ次からは、日本から輸入した水を使ってみるかねえ」


「そこまでしなくてもいいんじゃないかな。とりあえずアボンリーの水で淹れたコーヒーをください」


「子供がこんな時間にそんなもの飲むのは感心しないけど、まあまだ、夜遅いわけじゃないからいいかな」


 マリラは、ゲストの人にはあまり見せたくないんだけどねえ、とか言いながら、台所の隅にある秘密の扉を開けた。そこは19世紀末の田舎の台所ではなくて、21世紀の都会のキッチンだった。大型冷蔵庫、電子レンジ、IHコンロ、コーヒーメーカー、ソーダメーカー、ホットサンドメーカー、自動食洗機など、調理器具も含めてだいたいのものが揃っていた。

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