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15話 アン・シャーリー、天使に声をかけられる

 あれからいろいろあって(その部分はあとでなんとかしよう)、おれが日曜学校に行く日になった。昔風に言うとちょうちん袖の服、ではないけど、きれいでこざっぱりとした、しかし11歳の女子がぬかるみで転んでも問題ないような、それでも平日よりはかなりおしゃれな服で、おれは家を出た。初夏の日差しは暑いうえ、赤毛の子は肌の色素が沈着しやすいので、物語の設定にはあまり出てこないオリジナル設定としてアロマオイルを日焼けしそうな部分に塗って、おれの時代の流行歌をハミングしながら、教会への道を歩いた。長老派教会の19世紀末の祈りとかに関しては、英米では緻密な研究がされているけれど、日本人にはどうでもいいことなので、教会での儀式も適当に省略されるだろう。


 けっこう道がほこりっぽいうえ(この時代の道は、ほこりっぽいかぬかるんでいるかのどちらかなのである)、徒歩で教会に行くには近道があるじゃん、と思いながらおれは脇道に入って歩きはじめると、果樹園のリンゴの花が白く咲いている樹の上から声をかけられた。


「もしもし、そこへゆくお嬢さん。あんた、あんた、あんただよ、何知らんぷりして通り過ぎようとしてるんだよ、あんた、アン・シャーリー」


 声の主は、ネグリジェのような白い服を着た、ちょっと様子がいい変質者だった。


「僕は変質者じゃないから安心しろっての」


 そういって、その男性と思われる人物は、ふわりと地上に降りた。まさにふわり。なぜなら、背中に鳥の羽根のようなものが生えていて、ふわさふわさと、非リアル的にそれは動いたからだった。羽根は上の部分が黒く、そこから下のほうにグラデーション的に色が変わっていて、下半分は白かった。


「リンゴ食べるかな。おいしいよ。僕の名前は、まあ、エルとでもしておこう」と、天使っぽいヒト、じゃないな、神、でもないし、とりあえずその者は言った。


「ありがとうございます。でも、ヒトの農作物を勝手に取ってはいけないのでは」


「これは摘果される花から、非ヒト的な方法で作ったもんだから問題ないんだ」


 そんなもんかな、と、思っておれは、そのリンゴの表面を服の裾でごしごしとこすり、きれいにしたあと、ひとくちかじってみた。日本の現代のものと比べると小さくて酸味が強いな。それでいて、って、あ、それでいて、は味覚には使ってはいけないんだっけ、まあいいや、それでいてほのかな甘味がしっとりと。いや全然甘くない。むしろ生のウメに近い感じ。


 と、そこでおれは気がついた。


「あなたは、天界から追放された天使だけど、有能な俺がヒトにリンゴを食わせて賢くさせたからもう遅い、という、元天使でヘビのルキフェルさん」


「そうね、あんたもリンゴ食べちゃったからもう遅いね。食べる前に気がつかないとだよ」と、ルキフェル(仮)は前歯がきらりとするぐらいの微笑を浮かべた。美しすぎる自分、といううぬぼれのために神様が追い払ったというだけのことはある。


     *


「はぁ。なに言ってんのあんたは。あれはねえ、神様のほうが俺に嫉妬したんだよ。なんで、って、俺が美しすぎるせいで」と、ルキフェルは説明した。その動作は2.5次元の役者が舞台でその役を演じているかのようにオーバーアクション気味だった。なお、堕天使ではあっても天使は天使のままで、元天使とか退役天使というわけではないらしい。


「そもそも、聖書に出てくるヘビは本当はヘビ (サーペント)じゃないしぃ。イヴに食べさせるのはリンゴじゃなくて「知恵の木の実」だしぃ」


「へぇ、そうなんだ、すごいね」と、おれは適当にタメ口で相槌を打ちながら、ルキフェルと並んで教会への道を歩いた。歩きながらときどき立ち止まって、おれはキンポウゲとバラの花を集め、セーラー帽を飾り立て、ルキフェルもその手助けをした。ただ、これはちょっと違うな、いや、全然違う、とか怒りながら言って、せっかく飾った花を捨てるのには困った。


「俺も教会に行きたいんだけど、なんか神様が結界作ってて入れないんだよね」と、ルキフェルはおれに言った。


「なるほど、もぐ、それでおれ、じゃなくて、わたしに頼みに来た、と、ぺっぺっ」と、おれはリンゴをかじりながら言った。最後のところは、やっぱあまりおいしくないので、ちょっと口から捨てたモーション。芸がこまかいだろ。って誰に言ってるんだおれは。これは多分、アップルパイとかジャムにすると多少は食べられるかな。


「そこだよ。あんた、この世界ではアン・シャーリーだけど、中身は日本人だろ。だったらそういうお願いも大丈夫なんじゃないかな、と思って」


「えー。どうしてわかったの」


「だって日本語で話してるじゃん」


 言われてみれば、なるほど。日本語が話せるカナダ人の女子の可能性は少ないよね。

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