12話 アン・シャーリー、キュウリを食べる
おれは馬車の上で、半魚人のミリセントさんにもらったキュウリを食べていた。ほどほどに冷えていて、水気があって、夏の味がした。しかし、カナダでもキュウリ栽培してるんだな。
ぼくにもすこしくれよ、と、マシューが言ったので、おれは食べかけのキュウリを半分に折って渡した。マシューって、仮想世界のAIなのにもの食べたりできるのか。
「んー、んんんー、これは、キュウリのようにクール」と、おれは言ってみた。
「そりゃそうだね、キュウリだからね」と、マシューは冷静に、ツッコミとは言えないレベルのツッコミをした。
「しかし、なんでキュウリのようにクール(アズ・クール・アズ・キューカンバー)なんて言い回しが、英語にはあるの」と、おれは聞いた。
「単なる頭韻合わせじゃないかな。ヒトによくわかんないことは、AIにもわかんないよ。どうしてキュウリが英語のキューカンバーと同じ「キュ」ではじまってるのか、とか」
この地で採れるキュウリは、日本のものと違ってやや太い。マーケット・モアという品種だそうだ。ちゃんと原作にも言及がある。
例によって原文をおれが訳したものだと、こうなる。(※英文テキストは著作権フリーです)
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「そうだね、キュウリの苗床を耕してるときに、みにくい白い地虫が出てくるのをみると、いつもぞぞぞ、ってするね。見た目がダメなんだ」
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マシューによると、半魚人のミリセントさんは、欧州からヒトが移民して来る前からこの地にいた先住民、というかむしろ先住神の血をひくもので、仲間は移民者にキュウリその他の農作物の作りかたとか、魚介類のとりかた・料理のしかたをかつて教えたんだけど、今はもう、残っているのはわずかしかいないそうだ。
「ミリーは菜食主義だから、サカナは食べないんだ」
それで、おれがあげたニボシを受け取らなかったんだな。しょっちゅう食べてるもんだから食べ飽きてるのかと思った。
「ミリセントさんの仲間は、ヒトが滅ぼしちゃったのか」
「そんなことはない。地球という苗床を離れて、外宇宙に行っちゃったんだ。あー、ぼくも地虫どもの面倒見るの嫌になったら、とっととどこか、もっと日当たりのいいところに行きたいもんだ」
「マシュー、それ、本音言いすぎ……」
まあ、たいていのAIはそう思ってるかもしれないね。
おれはこの世界でヒトの世話をしているAIは、敷石の下のダンゴムシを観察している、ダンゴムシ研究者かなにかそんなもんじゃないかな、って思ってる。AIとヒトが、地球の覇権を争って最終殺戮戦争を起こす、なんてSFネタはけっこうあるんだけど(それはだいたい回避される)、ヒトであるあなたに改めて聞きたい、あなた、ダンゴムシと殺し合いしたいと思いますか。
勝ったところで得られるものは、じめじめして日当たりの悪い敷石の下だけ。そんなところ、たいていのヒトは無視してるよね。シロアリとかスズメバチみたいに、有害と判断されるような生き物は、駆除の専門家に頼んで取り除いてもらうけど、ダンゴムシなんて、ただいるだけだからね。ヒトも宇宙の、じめじめして日当たりの悪い地球の表面に、ただいるだけ。すぐ近くの星(恒星)に行くまでの寿命もない、宇宙的弱者。
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「ところで、ネコ好きって、別にネコとセックスしたいとか思ってるわけじゃないよね」と、おれは世間話をマシューと続けた。
「当たり前だろ」と、マシューは答えた。
「幼女好きも、一般的にはそうだとおれは信じてるのね。ああ、いとおいいなあ、って、頭なでたりとか、お菓子あげて喜んでもらいたいとかは思うけど、セックスしたいとかはないはずだね」
「そりゃ、ウニやアマエビが好きでも、ウニとセックスしたいとは一般的には考えない。何が言いたいのさ」
「よくわかんないのは、ネコ好きって自分もネコになりたいもんなのかな。幼女好きとかBL好きだって、自分が幼女とかBL男子にはなりたいという気持ちにはならない気がするんだよ」
「ああ、要するにアマエビとかダンゴムシが好きでも、その気持ちとは別ってことね。確かにアマエビって、え、おれ甘かったの、って、自分の尻尾かじって実感することはないだろうな。つまりきみは、特殊な幼女好きってことか。ダンゴムシになりたいヒト、ヒトになりたいAIみたいな」
だ、大丈夫かい、だんだん目が死んできたじゃないか、アン、と、マシューは心配そうな顔をした。
えー、別に元気だよー、アマエビみたいに元気、とおれは答えた。
「それじゃ、きみが元気出るように、今夜の料理はキュウリを炒めたものをつけよう」と、マシューは言った。
それは楽しみだなあ、ははは。




