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1話 アン・シャーリー、駅舎に立つ

 初夏の、緯度が高い北半球とはいえ、夕陽はゆっくりと西にかたむきはじめ、おれは駅舎のホームに置かれた鉄道の資材に落ち着かなく腰をかけ、なんか服がきつめだな、と思いながらぼんやりと森と鉄道の行き着く果てを眺めていた。


 なんで落ち着かないかというと、shinglesという語の日本語訳が「線路用の砂利」だったり「屋根の修理用素材」だったりして安定していないためだった。


 おれの名前はコーデリア、通称アン・シャーリー、金褐色の髪(通常は「赤毛」ということになっている。しかし事実はそこまでは赤くない)と、あまり肉づきがよくない11歳の体を持つ凄腕の殺し屋で、じきに来るだろう3人の賞金稼ぎを待っていた。それはもちろんおれの単なる想像だ。セルジオ・レオーネの映画見すぎだね。


 実際に来たのはおれの世界では初老、この世界では老人に属する田舎者で、駅長と思われる人物とすこし話をしたあと、てこてことおれのほうに近づき、おれの顔を見て言った。


「ごめん、待った?」


「ううん、今来たとこ……じゃねーよ。遅ぇんだよ。何やってたんだよ。これ以上待たされたら、あっちのサクラの木の下に行って横になって、翌朝には冷たくなって固くなってるとこだったよ」


 古びたかばんを持って立ち上がると、その拍子に留め金がひとつ外れ、中身がはみ出しそうになったので、その爺さん(マシューさん)は金具を手で拾っておれに渡した。


「なんかさあ、そういうの若い男女が待ち合わせしたときの挨拶っぽくないから、違う風にできないの」と、おれは聞いた。


「あー、言われるとそうだな。じゃあ……待たせたな」


 マシューはおれに手を差し出したので、おれは握手をするようなフェイントをかけて、かばんをその手に持たせて答えた。


「待ちわびたぞ」


 これは、中国の戦国時代を舞台にした漫画で、大国の若き王が、王宮の敵を始末してくれた主人公に対して言うセリフのパクリだけどね。しかしどちらかというとリアル「待たせたな」のほうを言ってみたいよね。そうは思いませんかみなさん。


 爺は、首をかしげながら言った。


「ふーむ……どうも話が違うようだな。わしは女の子が来るもんだと思ってたんだが」


「そこから(原作の)話と違うの? どう見てもおれ、女の子じゃん。変なこと言っちゃ困りますわ、おじさま」と、おれは片側の頬を引きつらせながら言った。


「とりあえず、「わし」とか「だわ」と言うのやめるとこからはじめない? 100年も前の翻訳小説じゃないんだから」


「そうだね」


 そしておれたちは笑った。


 21世紀になってもそんな翻訳してる人いますけどね。あと、昭和の時代の映画とか見ると、女性、普通に「まあ」とか「だわ」とか言ってるから、当時はそういう話しかたもリアルだったんだろうな。


 ここは伝説の地、プリンス・エドワード島、の偽物で、最新のバーチャルとAI技術をもって作られたアミューズメント・パーク、かつては『赤毛のアン』という邦題で出版されていた物語の舞台になった場所で、おれはその主人公、のはず、である。


     *


 学業に励む勤勉な大学生であるおれは、昨日の朝、女子高生の妹から連絡を受けたのだった。


「ごめん、兄ちゃん、急用ができちゃって。あたしの代わりにツアー、行ってくれないかなあ」


 妹は、たいていの兄にとってバカで、なにかを急にお願いする存在である。


「……お前、友だちたくさんいるじゃんよ。そいつらに頼めないの?」


「その友だちみんなに関する用事なんだよ。兄ちゃん、友だちいなくて暇でしょ?」


「忙しいっつーの。来週までに済ませなければならない課題どんだけあると思ってんだよ。大学なめんなよ」


 確かに、寝袋を研究室に持ち込んで、週に一回ぐらいしか家に帰れない、昔の手塚治虫の担当編集者みたいな理系の大学生と比べると、文系は暇に見えるのは仕方ない。


「でも、一応勉強にもなると思うんだけどな。英語コミュニケーション学科だったよね」


「そんなチャラい名前じゃないし。英文学科」


 実は『アン・オブ・グリーンゲーブルズ』という物語に、興味がなかったわけではない。たいていの少女・女子は中学生ぐらいまでに子供向けのアブリッジ版で読み流しているその本来のテキストは、当時の文学的テキストの形式と、過去のテキストの引用に満ち溢れている、というのは文系学生にとっては常識なのである。



     *


 なお、かばんはマシューに持たせたとたん、取っ手が外れて落ちた

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