とある世界で処刑された令嬢が転生して、生存確率を上げるために婚約破棄を阻止します!
妹の策略にはめられたところから、私の世界は破滅へと向かい始めた。
「アリシアお姉様から、婚約者を奪いたいと思ったんです」
婚約者の略奪。
「アリシア、君との婚約を破棄する」
私の妹は欲しいものを手に入れるために、あれやこれやと手段を選ばずに行動した。
その結果、私は婚約者のオズウィン様から破局の申し出を受けることになる。
「私、アリシアお姉様のことが昔から大嫌いだったんです」
やってもいない罪を着せられる。
「アリシア・スナート! 連日の猟奇殺人の罪で……」
私の妹は欲しいものを手に入れるために、あれやこれやと手段を選ばずに行動した。
その結果、私は牢獄送りになる。
(猟奇殺人に関わっていたのは、どう考えても妹の方でしょ!?)
私の叫びも訴えも虚しく、猟奇殺人の罪で死刑判決。
無実の罪で裁かれた私は、言葉で表現することもおぞましい殺され方で第1の人生を終える。
なぜか記憶を引き継ぐという、ご都合主義的展開を迎えた私は第2の人生を歩み始めた。
「文女の婚約者を、私にちょうだい?」
今度は姉の策略にはめられたところから、私の世界は破滅へと向かうことになる。
またしても婚約者の略奪。
「文女、君との婚約を破棄する」
私の姉は欲しいものを手に入れるために、あれやこれやと手段を選ばずに行動した。
その結果、私は婚約者の粟國真人様から破局の申し出を受けることになる。
「私、文女のことが昔から大嫌いだったんです」
やってもいない罪を着せられる。
「水沼文女! 連日の猟奇殺人の罪で……」
私の姉は欲しいものを手に入れるために、あれやこれやと手段を選ばずに行動した。
その結果、私は牢獄送りになる。
(また猟奇殺人……世の中、物騒すぎる!)
私の叫びも訴えも虚しく、再び猟奇殺人の罪で死刑判決。
無実の罪で裁かれた私は、言葉で表現することもおぞましい殺され方で第2の人生を終える。
またしても記憶を引き継ぐという、ご都合主義的展開を迎えた私は第3の人生を歩み始めた。
「オーレット、私にも愛する人が欲しいの! 理解してくれるわよね?」
今度は母の策略にはめられたところから、私の世界は破滅へと向かうことになる。
3度目の婚約者の略奪。
「オーレット、君との婚約を破棄する」
私の母は欲しいものを手に入れるために、あれやこれやと手段を選ばずに行動した。
その結果、私は婚約者のパスカード様から破局の申し出を受けることになる。
「私は、あなたを自分の娘と思えなかったのよ」
やってもいない罪を着せられる。
3回目。
「オーレット・アントム! 連日の猟奇殺人の罪で……」
私の母は欲しいものを手に入れるために、あれやこれやと手段を選ばずに行動した。
その結果、私は牢獄送りになる。
(これは、同じ人生を繰り返す物語なのかな……)
私の叫びも訴えも虚しく、再び猟奇殺人の罪で死刑判決。
無実の罪で裁かれた私は、言葉で表現することもおぞましい殺され方で第3の人生を終える。
「んー……今日も、良い天気」
大きく伸びをして、太陽の光を目いっぱい浴びる。
「今日はトマトが収穫できるかな~」
若くして命を落とした3度の人生を振り返ると、こんな風に青空の下で太陽の光を思う存分浴びる生活に毎日心をときめかせてしまう。
(牢獄の環境は、いつの時代も最悪だったなー……)
太陽の光が届かない、暗く湿った環境下。
罪を犯した人間に、自然の恵みは必要ないと言わんばかりの劣悪な環境。
(そもそも、私は何も罪を犯していないけど!)
記憶を引き継いだ4度目の人生は、ローレリア・スフレインという令嬢として転生するところから始まった。
「育ってる、育ってる」
ローレリア・スフレインには姉も妹も母もいたけれど、祖父母が私を溺愛していたことから血縁者との別れは早くに訪れた。
「桃もどきの果物も順調」
祖父母に引き取られるかたちで人生を歩んできた私は令嬢であるにも関わらず、婚約者や婚約破棄といった類とは無縁の生活を手に入れることができた。
「こっちの野菜は、もっと大きく育ってほしいかな~」
短い人生ではあったけれど、いろんな世界の、いろんな時代を生きてきた。
それらの記憶をすべて引き継ぐことができたおかげで、適当に名付けた野菜や果実を育てる家庭菜園は今日も順調な成長を見せている。
「朝の水やりと経過観察終了」
さっきから私の独り言が辺りにばら撒かれている理由は、私を家族から引き離してくれた最愛の祖父母が亡くなってしまったから。
「朝ご飯、朝ご飯~」
私の言葉に返事をくれる人はいない。
お金は……令嬢という立場上、生活に困らない程度は持っています。
家族も婚約者も従者もお世話してくれる人も傍にはいないけれど、私は4度目の人生でようやく平穏な日々を手に入れることができた。
(ただ1つだけ困っていることは、もうすぐで貯金が尽きるということ……)
祖父母から私に相続された遺産のおかげで、住居に関しては困っていない。
両親に頼み込めば援助はしてくれるだろうけど、そこで引き換えに婚約の話を出されるわけにもいかない。
(お金は欲しいけど、今度の人生は独り身でいたい……)
勝手にトマトと名づけた野菜を使って作り置きをしていたトマトソースを使って、自称ピザトーストを食する朝食の完成。そこに家庭菜園で採取した野菜のスープを添えて。
「お肉食べたい……」
おとなしく私が経験してきた令嬢生活に戻ればいいのに。
そんな悪魔の誘惑が脳裏に過るけれど、令嬢生活の始まりは私の死を意味する。
さすがに4回目の人生も婚約破棄されて死罪って展開にならないとは高を括っていても、念には念を。
「今度の人生こそは、おばあちゃんになるまで生き切ってみせるんだから……」
そう決意はするものの、祖父母が残してくれた大量の書物に囲まれながらの食事は私にある考えを引き起こさせる。
(売ったら、いくらくらいになるのかな……)
そんなゲス的考えを思いついたのがいけなかったのか、玄関に飾られている呼び鈴が私に来客を知らせた。
「はぁー……」
とある森の片隅で生活している私の元を訪れるのは、家に戻って来なさいと連絡する使いの人。
もしくは私が作った野菜と農畜産物を交換しにやって来てくれた心優しい街の人。
でも、呼び鈴の鳴らし方で私は誰が来たか分かってしまう。
(家からの使いって、呼び鈴の鳴らし方が優しいんだよね……)
スフレイン家の品を保つためなのかなんなのか、使いの者は呼び鈴を繊細に奏でてくる。
そして今、私を呼んだ音色はどこかの時代で聞いた風鈴の音のように穏やかだった。
「はいはい、おはようございます……」
「おはようございます、ローレリア・スフレイン様」
扉を開くと同時に太陽の光が差し込んできて、私は自分の元を訪れた人物の顔を確認することができずに目を手で覆ってしまった。
「僕の表情に見惚れてくれたなんて、これはもう運命としか言いようがありませんね!」
呼び鈴と同じく穏やかで優しい声質の彼が何を言っているのか理解できないままだったけれど、太陽の光を遮断するために男性を家の中へと招き入れた。
「はぁ、これでやっと普通に話ができますね……」
「シルヴィン・ジャスターと申します」
聞いたことがあるようなないような名前を耳にして、太陽を避けるために下げていた視線を上げて来訪者を見る。
「ローレリア・スフレイン様の婚約者として、これから仲を深めて……」
「お帰りください」
これが、第4の人生。
婚約者シルヴィン・ジャスター様との出会いだった。
『ぼくは、おっきくなったら、まほうししょさんになりますっ!』
魔法図書館が立地されている敷地まで辿り着くと、ゲストを招き入れるために銀白色の門が自然に開かれる。
『シルヴィンは、魔法司書になりたいの?』
『はいっ!』
1歩足を踏み入れると、どこからともなく一羽のフクロウさんが飛んでくる。
そのフクロウさんは人間の言葉を話してくれて、図書館に到着するまでちょっとした世間話で僕たちの心を和ませてくれる。
『ちょうどシルヴィンと同い年の孫がいるんだが……』
『?』
『2人が結婚して、2人で魔法図書館を運営すればいいわ』
天国にいる、おじい様とおばあ様。
どうして私に婚約者という存在を隠して、天国に逝ってしまわれたのでしょうか。
「これが、ローレリア様のおじい様とおばあ様との出会いです」
「…………」
現実に起きた出来事を爽やかな笑顔で語り終えたシルヴィン・ジャスター様は、満足げに私を優しい瞳で見つめてくる。どこかの世界で学んだイケメンという言葉の見本に当たる人物こそがシルヴィン様だと言わんばかりに、シルヴィン様の容姿は目の保養になるくらい大変素晴らしい。
「もちろんスフレイン家の皆さんには、ご挨拶を済ませて……」
「家を出た私はスフレイン家の世継ぎにも政略結婚にも関係がない。好きな人と添い遂げなさいということでしたね……」
「はい」
婚約者という言葉すら聞きたくない私は、なんとしてでもシルヴィン様を追い出したかった。
けれど、話を聞かずに追い出してしまうのも率先して破滅の道に進んでいるような気がした私は、仕方なく! 仕方なく、彼にお茶を出した。
「では、早速挙式の準備を……」
「結論から申し上げますと、魔法図書館は私が相続した財産です」
シルヴィン様と出会うまで知らなかったけれど、私が住まいとして使用している建築物は魔法図書館という名称らしい。
「ですから、これからは夫婦として……」
「いえ、私は魔法図書館を運営することなく、住居として使用していきます」
「そんな!」
「驚きすぎです……」
魔法図書館とは、学問の世界では説明することができない魔法と呼ばれる力で管理されている図書館。
昔はそんな夢溢れる魔法図書館を祖父母が運営していたらしいけど、現在の魔法図書館は図書館としての機能を果たしていない。私が安心して暮らすための住居と化している。
「こほん、まあ、僕の妻となる方に小芝居は通用しませんよね」
「…………」
声質は爽やかな好青年風を保ったまま。
もちろん良い人風の笑顔も、そのまま。
けれど、一瞬にして空気が変わったと思った。
「スフレイン家は、魔法を授からなかった無能者の方がほとんどですよね」
「祖父母以外は……残念ながら」
冴えないような印象を与えていた口調はどこへやら。
「僕は、魔法を使うことができます」
「だから、私の財産を奪うつもりですか?」
「奪う? そんなつもりはありませんよ」
「そんなつもりはなくても、シルヴィン様が欲しいものは魔法図書館ただそれだけということですよね!」
私と言葉を交わすシルヴィン様は狙った獲物は逃がさないといった雰囲気を醸し出しながら、まるで交渉人のように言葉を巧みに操ってくる。
「愛のないところから生まれる絆もありますよ?」
「それは政略結婚の話ですよね!」
私の婚約者になる人は、昔から相変わらず性格が悪い。
優しく接してくれるのは始めだけで、私になんらかしらの不都合が生じると私のことを信じることなく婚約破棄。
それが、いつもの展開。
それが、いつも通りの私の人生。
「……住むところがなくなるので、魔法図書館をあげることはできません」
「僕はローレリア様と一緒に、魔法図書館の栄光を取り戻したいだけです」
「私は魔法を使うことができません」
「それを知っているからこそ、僕がお手伝いに参りました」
会話の流れだけを振り返ると、悪いのは私なのかなって思い始める。
まるで、駄々をこねる子ども。
婚約者の話を聞き入れない、わがまま令嬢。
「やっぱり……帰ってください……」
今までは婚約破棄される側だったけれど、今度の人生では私の方から婚約破棄を願い出たい。
でも、正当な理由なしの婚約破棄を彼が応じてくれるわけがない。
「シルヴィン様が出て行かないのなら、私が出て行きます!」
今朝目覚めたときは、こんな最悪な1日を迎えることになるなんて思ってもみなかった。
「はぁ……」
何かしら婚約破棄するための理由を考えてはみるものの、碌な人生を歩んでこられなかった私は自分が罪を重ねること以外の婚約破棄理由を思いつかない。
「って、追いかけても来ない!」
慣れ親しんだ森の奥深くへと足を踏み入れたはいいけれど、シルヴィン様が私を追いかけてくる気配は微塵も感じられない。
(やっぱり魔法図書館だけが目当て……)
これじゃあ、体目当てで結婚しましょうと言われているようなもの。
正確には違うけど……。
「私の恋は、いつだって愛がない……」
森の奥に向かえば向かうほど、太陽の光が差し込まないように木々の葉っぱたちが邪魔をしてくる。
薄暗くなってきた森の片隅で、私は自身の男運のなさを嘆く。
「はぁ……」
どうせ夫婦になった途端に、魔法図書館の所有者を変更するに決まっている。
名義を変更したあとは、婚約破棄。
そして私は、関わってもいない猟奇殺人の罪を被せられる。
そしてそして、私は死罪を迎え入れる。
(我ながら、たくましい妄想力……)
3回も同じ人生を経験していれば、妄想が現実になってしまいそうで怖い。
4度目の人生は、婚約者の手で死刑宣告を迎えることになるらしい。
「このまま逃亡……って、お金がない……」
死刑を回避するために祖父母の遺産を手放したところで、世間の上辺しかしらない令嬢が新しい人生を歩み始めるのは恐らく難しい。
「結局、食べる物がなくて死んじゃうんだ……って!」
どこを歩いているか分からなくなるような森の中をひと通り歩き、起こるかどうかも分からない妄想を繰り広げた私の前に1輪の花が視界に映る。
「この間ここに来たときは咲いていなかったのに……」
とある時代の日本に転生したときに見かけた菫色の花。
相変わらず名前を調べようとしなかったのは私らしいと思いつつ、私は懐かしい花との再会に心を弾ませた。
「こんな光も差さないところで、よく頑張ったね」
光と水のない場所では、植物は育たない。
けれど、私に色鮮やかな世界を魅せてくれた1輪の花は命を咲かせることができた。
「あなたに励まされちゃったね」
1輪の花ですら頑張っているのに、人間の私が頑張らないでどうする。
無一文から始まる異世界生活だって、経験してみなければ生き抜けるかどうかなんて分からない。
「よし、逃亡しよう……」
新しい人生を歩む決意が生まれた瞬間、私の体に異変が起きる。
「なんだか……眠くなって……」
家庭菜園のために規則正しい生活を送っている私が、睡眠不足に陥るわけがない。
急激な眠気の原因は何かって考えたら、自分が用意したはずのお茶にこっそりと睡眠薬が混ざっていたのかもしれない。
(やっぱり婚約者なんて、碌な存在じゃ……な……い……)
誰にも見つけてもらえないような森の奥で気を失った私は、祖母からもらった大切な衣服を地面の泥で汚してしまった。
令嬢が着るような可愛い服ではないけれど、祖母からもらったお気に入りの服は泥に塗れてしまった。
「んん~!!!」
そんなに長い人生を歩んできたわけではないけれど、そこそこの人生は歩んできたつもりだった。
「おい! もっときつく結んでおけ!」
体を縄で縛られるという経験。
こんな事態に遭遇することになるなんて、一体どういう人生を歩んできたら想像することができたかのか教えてほしい。
(暴れたり、歯向かったりしたら、相手の感情を逆撫でるだけ……)
数人の黒装束の男たちに囲まれているけれど、私の思考は冷静だった。
どうせ、あれでしょ?
婚約者が雇った劇団の人たちか何かで、時が経ったら婚約者が現れて私を助けてくれるって流れに決まっている。
「こいつ、本当にスフレイン家の人間か?」
「なんだかみすぼらしい恰好ですよね……」
私が令嬢といっても、それはあくまで立場的な話。
幼い頃に祖父母に引き取られた私は、それはそれは元気いっぱいに育ってきた。
多少の生活費をもらっていても、贅沢な生活とは縁遠い日々を生きている。
(それにしても……)
私の思考が冷静な理由は、これがシルヴィン……っていうか、もう2度と様付けで呼んであげない。
(えっと、今はそういう文句じゃなくて……)
人質の存在を無視して、平気で情報を漏らす。作戦を明かす。
こんな誘拐犯、絶対にありえない。
間抜けな誘拐犯を目にしているせいか、私の頭は酷く冷静だった。
(どうしよっかな……)
このままシルヴィンの助けを待つしか、誘拐犯から逃げ出す手段はない。
魔法も使えない、武力で戦うこともできない私は、ただただ助けを待つことしかできない。
(自分の無力さが嫌になる……)
いつの時代も、そうだった。
今回の人生こそは、1人で生きていけるように生活力を鍛えてきたつもりだった。
けれど、屈強な男たちの前では何も役に立たないのだと気づかされる。
(そもそも、スフレイン家は身代金を払ってくれるのかな……)
今まで生きた人生では、婚約破棄されてからの処刑がいつもの流れ。
今回は婚約破棄されていないけど、このままでは男共に殺されて人生を終え……。
(って、待った! 待った!)
今回は、私がシルヴィンとの婚約を破棄したようなものだと今更気づく。
私がシルヴィンとの婚約を受け入れていれば、こんな誘拐騒動に巻き込まれることはなかった。
(ってことは……私は、このまま……)
私の人生は、ここで終わる。
森で迷子になったとき用に造っておいた山小屋で、またいつもの定番の展開を迎える。
いつも通り、言葉で表現するのも恐ろしい残酷な殺され方をされてしまう。
(それが、いつもの私……いつもの人生……)
結局人間は頑張ったところで、定められた運命から逃れることはできないということ。
今回の人生も、私は婚約破棄から殺害という流れに逆らうことはできなかった。
(次の人生も記憶を引き継ぐことができたら、今度はおとなしく婚約を受け入れよう……)
婚約破棄のあとに殺されるという流れに慣れ過ぎたせいか、涙も流れてこなくなってしまった。
そんな心の冷たい人間、何度転生を繰り返したところで幸せになれるわけがない……。
「おいっ!」
仲間と人質の私に何かを知らせるために、1人の男が大きな声を上げた。
(きっと、シルヴィンが助けに来てくれたんだ……)
男たちがうろたえてしまうのも無理はない。
私たちが生きる現世では、魔法を使うことのできる人の数が圧倒的に少ない。
シルヴィンが使用する魔法に[[rb:慄 > おのの]]いて、自分たちの計画が大きく狂ってしまったことを嘆いているに違いない。
「そうだ! こういうときの人質だ!」
私が人質になったところで、シルヴィンは戦力を削ぐようなことをするのか。
私は、シルヴィンにとっての大切な人でもなんでもない。
私はただ、シルヴィンが求める魔法図書館の相続人でしかない。
(私が死んだ方が……シルヴィンは魔法図書館を手に入れやすい……)
心細くなると、思考まで暗くなってしまう。
それも、いつも通りの人生。
予定通りに進んでいく人生に慣れてしまったけれど、その人生に慣れてしまった自分が存在するのも凄く悔しい。
「命が惜しかったら、奴らを説得しろ!」
今にも溢れてきそうな涙が、一気に引っ込んだ。
奴ら?
シルヴィンは1人で乗り込んできたんじゃなくて、複数で私を救出しに来たことになる。
(私……大切にされてる……?)
自分が大切な存在として扱われたのなんて、祖父母が生きていた頃以来だった。
あまりの懐かしさに再び涙腺が緩み始めるけれど、ここで泣いていたら逃げられるものも逃げられなくなってしまう。
(理不尽に殺される人生も嫌だけど、足手まといになる人生も耐えられない!)
私の中で、確固たる決意が生まれる。
すると、山小屋の出入り口や窓。煙突。
外と中を繋ぐすべてが勢いよく開いて、私はいよいよ誘拐犯から解放される……はずだった……。
「ぐわぁぁぁぁ」
「キュィィィ」
「ガルルルル……」
私を助けに来たのは、森で暮らしている動物たち。
魔物とか、そういう類の生き物もいるかもしれないけど、今は動物でも魔物でもなんでもいい。
私は長い間、森で一緒に暮らしてきた仲間たちに救出されるという流れを迎えた。
(私の危険を察知して……?)
言葉を交わし合うことはできないけど、森に暮らす生物たちに親切にしていて良かった。
心の底から、そう思った。
(って……そんなわけあるか!)
森の仲間たちは、何やら不思議な紋章と共に魔法と思われる術を放ち始めた。
光やら炎やら水やら……以下略。
何もないところから、そういった自然現象を発生させるには魔法の力を借りるしかない。
(結局、私を助けに来たのはシルヴィンってことかー……)
目の前では、森の仲間たちと黒装束軍団の大乱闘が繰り広げられていた。
滑稽とも言える光景が広がっているけれど、前世では経験しなかった救出という初めての展開はやっぱり私の涙を誘ってくる。
(今回の人生では、私を助けてくれる人がいた……)
この誘拐劇はシルヴィンが仕組んだものかもしれない。
シルヴィンは本気で私のことを殺そうとしていたかもしれない。
でも、最終的に私の未来は変わった。
婚約を破棄したにも関わらず、自分の命を絶たれるという流れは阻止された。
「お帰りなさい」
「ただいま……」
私を誘拐した男たちが、どんな結末を辿ったのかは分からない。
私は森の仲間たちに護衛されるかたちで、にこやかな笑みを浮かべる婚約者の元へと帰ってきた。
「怪我は?」
「擦り傷を少々……」
「頼ってくれて、ありがとうございます」
前世や、前々前世や、その前の人生は、凄く美しくて高級なドレスをたくさん着させてもらった。
でも、今の私は汚れた衣服に身を包まれた、みすぼらしい姿。
「ローレリアのことですから、傷すらも隠してしまうのかなと思っていたので」
こんな、令嬢とは縁遠い外見をしている私を婚約者様は笑顔で迎えてくれるとか……。
シルヴィンは、よっぽど私が相続した魔法図書館という財産が欲しいらしい。
「おかげで、魔法使いの力を押しつけることができます」
魔法使いの力を押しつけるという乱暴な言葉遣いをしている割に、私に触れてくる手は温かくて優しい。
でも、シルヴィンが私のことを様付けしなかったところだけは見逃せなかった。
(シルヴィンも本性を見せてきたってことかもしれない……)
欲しい物を手に入れるためなら、猫を被ってはいられない。
そんな発想に至るものの、シルヴィンは壊れ物を扱うような繊細な手つきで私の身体に触れてくる。
(どんなに優しくされても、騙されないんだから……)
この誘拐劇は、[[rb:あなた > シルヴィン]]が仕組んだものだったんでしょ?
尋ねたい。
本音を言うなら、尋ねたい。
でも、私はシルヴィンに命を救ってもらった。
私は死と直面したあとに、初めて明日という未来に足を踏み入れることを許された。
「魔法って、なんでもできるんだね」
「家事は一切できないですけど、魔法で衣服の汚れを落とす程度なら……」
「それも、お願いします」
「……はい、かしこまりました」
前世も、前々前世も、いつの時代を生きても、私は最終的に無実の罪を着せられた上で殺されてきた。
自分の命が救われる瞬間に初めて立ち合うことができて、初めて明日以降の予定を立てることができて、なんだか心のどこかがくすぐったい気もする。
「シルヴィンが助けてくれたんだよね?」
「ほんの少しだけ力を貸しただけですよ」
「ほんの少し?」
どこからどこまでが、本当の話なのか。
それを確かめられるほど口達者で話を盛り上げられるわけもなく、巧みな話術で欲しい情報を引き出せるほど賢くもない。
「ローレリアの危険を察知したのは僕ではなく、森で暮らす生き物たちです」
「…………そっか」
「素敵なお友達ですね」
「友達……うん、そうだね」
私にできることは、彼の話を信じること。
そして、明日の朝になったら無事に目を覚ますこと。
森の仲間……友達に、お礼の木の実をいっぱい持っていかなければいけない。
畑の農作物にも、たくさんの水を与えてあげなければいけない。
「立派な田畑が広がっていて、驚きました」
「でしょ? お米作りはね、今年初めて挑戦するの」
明日以降もやることが山積みで、これからの人生もとても忙しくなりそうな気がする。
「今年初めて育てる野菜も果物もいっぱいあって……」
明日を、生きていくことが許された。
「来年育てたい野菜と果物も……」
「賑やかになりそうですね」
「うん……」
明後日も、し明後日も、祖父母が残してくれた土地で暮らしていくことを、やっと神様に許してもらえた。
「ローレリ……」
「うぅ……」
「……怖かったですよね」
「うん……うん……」
シルヴィンには、絶対に見せたくないと思っていた涙が零れ始める。
止められなくなった涙を拭おうとすると、その涙を拭ったのは私じゃない。
優しさという感情が込められたシルヴィンの指が、私の涙を拭ってくれた。
「私……殺されるかと思って……」
何度も何度も繰り返される。
私はいつも、与えられた人生の寿命を全うすることができない。
いつも婚約破棄されて、いつも処刑されて……。
「殺されるって、怖いんだよ!? 本当に怖いんだよ!? 何回殺されても、慣れとか生まれてくるわけがないから!?」
心の叫びをシルヴィンに訴えたところで、私の気持ちも私が経験してきた人生も伝わるはずがない。
それでも私は、自分の中に宿ってしまった恐怖心を消し去るために訴える。
「傷の手当てが終わりましたので」
すると、私の訴えは棄却された。
それは当たり前の流れ。
だって、シルヴィンは私が似たり寄ったりな人生を繰り返していることを知らないから。
「お夕飯にしましょう」
「それは……」
「たまには贅沢をしてみようかなと」
「お肉!」
私は日本人に転生したときに学んだすき焼きをシルヴィンに振る舞った。
「美味しい!」
「この世界では、私しか知らない秘伝のレシピをシルヴィンには公開しちゃう!」
女性の涙を肉で解決しようとするシルヴィンをどうかとも思うけれど、それが現世の婚約者らしいなーって気もして思わず笑った。
「田畑の具合や、魔法図書館……は住まいではないとしても、きちんと管理をされていて……」
誘拐された直後に、お肉を頬張ることができる私も令嬢らしくなくて笑ってしまう。
もう少し愛される系の令嬢を演じていく予定だったけれど、その予定は白紙へと戻った。
「ローレリアが、ずっと独りで頑張ってきたことを知りました」
生きていくために、仕方がない。
そんなことを言ってしまったら、元も子もない。
でも、令嬢に転生した時点で、私は婚約破棄からの処刑という流れを覚悟した。
「ローレリアは、なんでも完璧にこなしてしまうんですね」
覚悟をしたからこそ、いつ婚約破棄されてもいいように。いつ処刑という判断が下って、国外に逃亡することができるように今日の今日まで鍛えてきた……つもりだった。
「でも、私は戦う力を持っていません」
「……すみませんでした」
誘拐犯を企てた主犯が、本当にシルヴィンなのかどうかを確かめる術はない。
けれど、事のからくりはこうだった。
独りで生き抜く力を養ってきた私に、やすやす手を差し伸べていいのかシルヴィンは悩んだ。
その結果、シルヴィンは私を直接救出することをせず、間接的に森の仲間たちを頼った。
それが、駆けつけるのが遅くなった理由。
「……お肉を持参してきてくれたから、許します」
「……ありがとうございます」
楽しい食事の時間を過ごせばいいものの、私の婚約者様は随分と律儀な性格だと思った。
「食事が済んだら、僕は……」
「婚約者だからって、同じ部屋では寝ませんからね」
シルヴィンが箸を使い慣れていないことをいいことに、私はどんどんお肉を追加して熱の通った美味なるお肉を食していく。今度は焼き豆腐を作ることができるように、大豆を育てた方がいいかもしれない。
「誘拐事件への関与を否定するための材料を、僕は持っていない……」
「助けてくれたから……」
「ローレリア?」
「私のことを助けてくれたから、シルヴィンのことを信じる」
「…………」
今まで歩んだ人生の中で、婚約者が私の命を救いに来るという展開は起こらなかった。
けれど、今回の人生で私は初めて婚約者に命を救われた。
「全部が全部、僕が仕組んだことだとしたら……」
「そういう可能性を全部考えた上で、婚約は破棄しないという結論に至りました」
「お人好しにも程が……!」
「はいはい、お人好し令嬢ですよ」
その事実だけは、認めなければいけない。
「ほら、シルヴィン。ちゃんと野菜も……」
「護ります」
「嫌いな野菜は?」
「今度こそは、ローレリアの命を護ってみせます」
婚約者兼護衛。
素敵な言葉の並びに心をときめかせそうになったけれど、シルヴィンばかりが重い称号? 関係? を背負っていくような気がして、私はシルヴィンの話を適当に流していく。
「ときどき、お肉を差し入れてくれる婚約者をやってくれたらいいよ。私は魔法図書館以外に資産のない令嬢だから……」
「護らせてください、ローレリアの命を」
これが物語の世界だったら、とても素敵な告白の場面に見えるかもしれない。
けれど、私とシルヴィンの視界には、ぐつぐつと煮込まれていくすき焼きが映り込む。
ちっとも物語らしくない光景に、私は笑い声を漏らしてしまった。
「ローレリア! 僕は真剣に……」
「ふふっ、ははっ、早く食べちゃおう? シルヴィン」
「…………いただきます」
「はい、召し上がれ」
私が生きる世界は、物語のように甘く優しくできていない。
でも、私たちの関係は明日も続くことになった。
私にも、シルヴィンにも、明日に繋がる物語がある。
明日以降も、私たちには語る物語があるということ。
「シルヴィン! 凄い! 凄いっ!」
「っていうか、今までどうやって窓拭きをしていたんですか……」
「え? それは言えない……」
翌日、人間の手では到底届くはずのない高さの窓を魔法の力で拭いてもらった。
おじい様とおばあ様が残してくれた魔法図書館も数年ぶりに、自分の外観の一部である窓の艶やかさに喜びを感じてくれているような気がする。
「ローレリア、あとで水撒きの量を教えてもらえますか?」
「そんなの適当~」
婚約者であるシルヴィンに嫌われないように気を張った生活は、さすがに窮屈そうだから諦めた。
私は私らしく、シルヴィンと接していく。
(ローレリア・スフレインという人間を認めてもらって、そして婚約破棄を阻止……って)
考えごとに夢中になっていた私は、梯子から下りる途中で足を踏み外した。
「ローレリア!」
「すみませんでした……」
尻餅をつくことなく足を着けることができたのは、もちろんシルヴィンの魔法のおかげ……。
「護ってもらっちゃったね」
「これくらいのこと、護衛でもなんでもないですよ」
「ふふっ、そっか」
そんなことを言ってくる割に、私が怪我していないかどうかを心配してくれるシルヴィン。
そんな優しい人から婚約破棄されないように、これからは最大の注意を払っていきたいところ。
「じゃあ、お礼に今日のお昼はシルヴィンの好きな物を作っちゃう!」
久しぶりに、誰かとお昼ご飯の相談をするなんて経験に心を弾ませる。
けれど、そんな幸せに浸ったのがいけなかったのか、玄関に飾られている呼び鈴が私に来客を知らせた。
「誰だろう?」
「スフレイン家の使いでは?」
「呼び鈴の響きが違う気がする」
私がシルヴィンから婚約破棄されるかどうか。
私の方からシルヴィンに婚約破棄する流れになるのか。
それはまた、いつか語られる次の話に続きます。




