48.匂い? 私の匂いって言ったの?!
…………………………。
あぁぁぁっっーーーー!!!!!!
バッと私はトラヴィス様から離れると、ガバッと顔を両手で覆った。
そう、これが……そうなのね。私は酔うと、こうなるのね。今回はバッチリ記憶があるわよ。
つまり私は、サバランに入っていた程度のラム酒で酔っ払い、抑制力をなくしてトラヴィス様に抱きついた挙句、気持ちを吐露したというわけね。ヨシュアの目の前で! かぁ~~~、弟の前で自爆とか、恥ずかしぬわ!!
尚も顔を覆う私に、トラヴィス様は何かを察したようだ。
「もしかして、酔いが醒めたのかな?」
「…………はい」
依然、顔に手を当てたまま私は天を仰ぐ。
「あの、今しがた私が言ったことは」
「酔った勢いの言葉を本気にしたりはしないから安心しなさい」
慰めるような口調のトラヴィス様は、大人の余裕を感じさせた。どう足掻いても埋められない年の差を痛感する。
けれど、私は怯まないわ。恥ずかしいからって誤魔化したりしないわよ。
「いえ、本気にしてくださいませ」
「えっ?!」
私は、おずおずと手を動かして視界を解放する。
「確かに、酔いに任せて告げてしまいましたが、今のは私の本心ですから本気にしてくださいませ!」
「それは、つまり……」
「信じられないと言うのなら、もう一度ちゃんと言いますわ。私、トラヴィス様が好きです! 弟妹達に好きな人が出来たと言われたら、祝福できます。けれど、トラヴィス様に好きな人が出来たと言われたら、祝うどころか嫉妬してしまいますわ。これは私がトラヴィス様を好きだということで間違いないでしょう?」
一瞬、何を言わんとしているのか伝わらなかったようでキョトンしたトラヴィス様だったが、すぐさま理解すると破顔した。
「あぁ、間違いないよ。アネット、ありがとう。君の気持ちは確かに受け取った」
その笑みに、じんわりと温かいものが胸の中に広がっていく。
自分の気持ちを自覚して、その気持ちを伝えられて良かったわ。そして、トラヴィス様の気持ちも知ることが出来て良かった……あ、気持ちといえば!
「ところで、トラヴィス様は私のどこに惹かれたのですか?」
実は、ずっと気になっていたのよ。気恥ずかしくて聞けなかったのだけど、今こそは確かめなくてはね。
「あぁ、そうだね。やっぱり匂いかな」
「…………はぁ?」
何やら聞きたくない、いえ、聞いてはいけない単語を耳にした気がするのだけど?
「だから匂いだよ。私は人より嗅覚が優れていてね。アネットがマイラ嬢や他の架空の令嬢と同じ匂いがしたから、同一人物だって分かったんだ」
「に、匂いですか?!」
えっ。私って、そんな匂うの? 毎日お風呂に入っていましたけど? 今に至っては、入浴剤入りの良い香りのお風呂に入っていますけど? ちょっ、一体どんな匂いが私からしているの?! 臭いの? まさか私、臭いの?!
動揺のあまり、助けを求めるようにゼノンを見たら“言いやがった、コイツ”って顔で絶句していた。
ゼノンは知っていたの? あっ、そうか。トラヴィス様の依頼を受ける時、交渉したのはゼノンだったわ。きっと、その時に聞いていたのね。
それなら先に言いなさいよ! こちらにも心積もりというか、心構えというか、心の準備というものがあるでしょう! そんな特殊性癖……ゴホンッ、体質だなんて聞いてないわよ! そうと知っていれば……いえ、出来ることなんて何もないのだけど……覚悟が、そうよ、覚悟が全然違うわ!
「アネットは今まで嗅いだことのない良い匂いで、とても惹かれてしまってね。かぐわしいと言われる薔薇の香りよりも、君の方が断然いい。君の香りを嗅ぐだけで、頭がクラクラとしてしまいそうになるんだ。人の匂いには、その人の遺伝子情報が詰め込まれていると言う。所謂、フォロモンというやつだ。きっと私の本能が君を求めているのだろう」
何やら良い感じで締めくくられたけど途中までは、とっても変態チックでしたわよ?! まぁ、臭いわけではないみたいなので安心したけれど。いえ、何も安心できないわね?!
二の句が告げずにいる私の斜め前で、ヨシュアも引き気味でトラヴィス様を見ていた。
「あぁ、もちろん匂いだけではないよ。話してみればアネットは、とても明るく意思がしっかりした女性だった。それに発想も面白い。私の興味を引いて仕方ない存在だったのだが、気づけば君に夢中でね。今まで女性に好意を持てた事も、恋愛感情を抱いた事もなかった私が、こんなにも恋焦がれるとは思ってもみなかったよ。私をこうまで渇望させるのは君が初めてで、唯一無二だ」
トラヴィス様の匂い発言の衝撃で愛とか恋とか、そんな甘い雰囲気は吹き飛んでしまっていたけど、やっと思考が戻ってきたわよ。
つまりトラヴィス様は私のフェロモンにやられたけど、ちゃんと中身も知って好意を抱いたということね。
うん、そういう事にしましょう。匂い発言については、追々考えましょう。これは私一人の手には負えない話だわ。
ニコッと微笑んだトラヴィス様は、ふと思い出したように机へ向かう。そして引き出しから何かを取り出すと、真剣な表情で私の元へ戻って来た。
「やっと出来上がったんだ」
トラヴィス様は手にしていた小さな箱を開ける。その中には、トラヴィス様の瞳と同じ綺麗な色の宝石が嵌めこまれた指輪は収まっていた。
「アネット、改めてプロポーズさせて欲しい。私の生涯を懸けて君だけを愛し、君を守り、君を幸せにすると誓う。もちろん、君が大切にしている弟妹達も守ると誓おう。だから、どうか私の伴侶となって欲しい」
「はい」
私は涙ぐみながら頷いた。それを見たトラヴィス様は嬉しそうに顔を綻ばせると、私の左手の薬指に指輪を嵌める。
その青みがかった菫色の宝石はアイオライトだった。
石言葉は「道を示す」「貞操」「誠実」「愛を貫く」。そこから『一生を添い遂げる相手と幸せな結婚生活を送れるように』や『一途であり続ける』という願いや誓いが込められているという。
指輪のタンザナイトは、何となく色味が綺麗だったので選んだんですけど、後に石言葉を調べてピッタリじゃん!ってなりました。何気なく選んだものの意味が、こうも合っていると嬉しいですね。
(こういうの、よくあるんですよね。投稿している「魔力無しですが溺愛されて聖女の力に目覚めました」のチューリップとか、「カエルの王子様」のラナンキュラスとか)




