46.私ですら気づかないことに弟妹達は気づいていると?
今日の昼食はトラヴィス様が外出しているので、弟妹達と庭でピクニックをする事になったわ。
そうよ、ピクニックが出来るほど庭が広いのよ。庭全部を見て回ろうとしたら何日かかるのかしらね?
さて、初めてのピクニックに弟妹達は大はしゃぎよ。
えぇ、実は初めてなの。我が家に、お金があった時はヨシュア以外の弟妹達が幼すぎたし、大きくなってからはピクニックをする余裕がなかったわ。
だから、もう皆ワクワクが止まらないみたいでね。誰がレジャーシートを持つかとか、バスケットは自分が持つだとか、ちょっと揉めたわ。可愛い揉め事よね。
結局、水筒とか重い物が入ったバスケットをヨシュアが、嵩張るレジャーシートをユアン、食事の入った軽いバスケットをユリア、デザートの入った小さなバスケットをヤトルが持つことで納得してもらったわ。ここにマーサがいれば、もっとすんなり場が収まったのでしょうね。
さぁ、着いたわよ!
弟妹達はキャッキャと騒ぎながら、レジャーシートを敷いたり、サンドウィッチが入ったバスケットを広げたりと楽しそうよ。今日は天気も良いし、最高のピクニック日和ね。
澄み渡る空、心地よく吹く風、弟妹達の楽しそうな姿。あまりにも穏やかな時間に、私の気は緩んでしまう。
「ねぇ、皆はトラヴィス様のことを、どう思う?」
ふと口から漏れてしまった私の言葉に、弟妹達は首を傾げた。
あぁ、油断したわね。ちょっとトラヴィス様のことが処理できずに悶々としていた所為か、無意識に口から出てしまったわ。
「トラヴィス様はカッコイイです!」
「カッコイー」
最初に答えたのは、ユアンだった。ヤトルが語尾だけ拾う。
「騎士達の訓練で、トラヴィス様はバッサバッサと倒してしまうんです! とっても強くてカッコイイです! 僕も、あんな風になりたい!」
「そうなのね」
トラヴィス様は、お強いのね。そうよね、コワルスキー元伯爵の手下を倒したのですものね。記憶がないのが悔やまれるわ!
「トラヴィス様は立派な方ですよ。尊敬できる方です」
「りっぱー! そんけー!」
ヨシュアが言うと、ヤトルも復唱する。
最近ヤトルは言葉を真似っこするのが流行りみたいなのよね。
「確かにトラヴィス様はカッコイイけど違うわよ、皆。お姉様はトラヴィス様と結婚してもいいのか迷っているのよ。マリッジブルーというやつだわ。そうでしょう、お姉様?」
「まり、まりじゅー」
まぁ、ユリアったら! 『マリッジブルー』なんて言葉をどこで覚えてきたの?!
予想もしないユリアの発言に私は目を白黒させた。ヤトルは頑張って『マリッジブルー』と言おうとしている。そんなユリアの言葉に反応したのはヨシュアだった。
「えっ、姉上はトラヴィス様との結婚を迷われているのですか?」
「いえ、そんな事ないわよ……ただ皆がトラヴィス様のことを、どう思っているのか気になっただけよ」
私が曖昧な笑みを浮かべると、ヨシュアは少し考え込んだ様子を見せた。そして顔を上げると、私をジッと見つめる。
「姉上。ここでの暮らしは、お腹いっぱい美味しいご飯が食べられて、知りたい事を知りたいだけ学べて、やりたい事が不自由なく出来て、とても幸せです。姉上は、どうですか? 幸せですか?」
「もちろん幸せよ」
「それならいいのですが。もし、トラヴィス様との結婚を迷っているのでしたら、姉上の思うようにしてください。僕は姉上と皆一緒に過ごせれば、それだけで十分なのです。ここでなくても、どこだっていいんです。大事なのは僕達だけではなく、姉上も幸せになる事なのですから」
「ヨシュア……」
ヨシュアに返す言葉が見つからなくて、名前を呼ぶので精一杯だった。
「お兄様の言う通りだよ。お姉様には幸せになってもらいたいもん! 私、バイオリンが弾けなくても気にしないよ」
「僕だって、姉様と一緒なら何だっていい。騎士の訓練はゼノンとも出来るもん」
「ぼくも~! ねえさまといっしょいる~!」
ユリアの言葉に、ユアンとヤトルが続く。
「皆、ありがとう」
思いも掛けない弟妹達の愛ある言葉に、目頭が熱くなる。私は身体を寄せてくる弟妹達を、優しく抱きしめた。
「でも本当に、トラヴィス様との結婚を悩んでいるわけではないから安心してね」
「そうですよね。姉上とトラヴィス様は想い合っていますものね」
「えっ?」
コクコクと頷くヨシュアに、私はピタリと止まる。
「うんうん。トラヴィス様ったら、いつもお姉様のことを優しく見つめているものね」
「それに姉様も、トラヴィス様には僕達にしない優しい顔をするよね。あとは赤くなったり、照れたり」
「やさしー」
ユリアにユアンが続く。ヤトルは、よく分かっていないようだけど皆に合わせて頷いている。
えっ、そうなの?
そんなに私は顔に出ているの?!
「それは、そうよ! お姉様は恋する乙女なのだもの。好きな人だからこそ、私達に向けるのとは違う特別な表情になるのよ。それに、あんな風に好きな人から見つめられたら、恋する乙女は照れちゃうわ。お姉様はトラヴィス様に、とーっても愛されているのよ。そうでしょう、お姉様」
「えっと」
同意を求められて、思わず言葉に詰まってしまった。
「まさか、姉上。気づいていないなんて事ないですよね?」
「そんな事あるわけないじゃない。お姉様が、そこまで鈍感なわけないわよ」
「えっ、えぇ、もちろんよ」
“まさか”を強調したヨシュアにユリアが反論する。私は誤魔化すように答えた。
「お姉様はトラヴィス様のことが好きだから、こんなにも綺麗になってキラキラしているのよ。乙女はね、恋をすると輝くものなの!」
「「へぇー」」
「でもね、どんなにトラヴィス様のことが好きでも、そこまでトラヴィス様に想われていても、恋する乙女は迷ってしまうものなのよ」
「「へぇー」」
得意気に言うユリアにヨシュアとユアンは、そうなんだ~と頷いている。話しについていけなくなったヤトルは私の膝でウトウトし始めていた。
ユリアは一体いつの間に、こんなにも“おませさん”になっていたの? えっ、この屋敷に来てから本を読むようになったから? 恋愛小説を? あぁ、ここには恋愛小説子ども版があるのね。そう、そうなのね……貧乏男爵家と違って裕福な侯爵家には色んな種類の本があるのね。
私の背後で、ゼノンが口元を押さえて肩を震わせている。それはユリアに対してではなく、対象は私だ。
気づいているわよ。私が言葉に詰まる少し前から笑っているのを! 覚えてなさい、ゼノン!
******
ピクニックがお開きになり、部屋に戻った私は背後の気配が煩くて振り返った。さっきまで我慢していたようだけど、誰もいなくなった所でゼノンは声を出して笑い始める。
「クククッ」
「ゼ~ノ~ン~!」
「悪い、悪い。けどよ、弟妹達ですら気づいてんのに、お嬢自身が気づいてないってのは……ククッ……これで分かっただろう、お嬢は鈍感だって」
「もう、何よ! 私より私の気持ちが分かるというのなら、教えてくれたらいいじゃないの!」
「それはダメだろう、お嬢が自分で気づかなきゃ。でもまぁ、鈍感過ぎるお嬢にはヒントをやるよ」
ゼノンの言う通りだと思うけど、何気に上から目線なのが癪に障るわね。ヒントをくれる程、ゼノンが恋愛経験豊富には見えないのだけど?
「例えばだが、トラヴィスに他の女が言い寄っていたら……別の女が伴侶としてトラヴィスの隣に立っていたら、お嬢はどう思う?」
「トラヴィス様に他の女性? う~ん?」
イマイチよく分からないという反応をしたら、ゼノンが溜息を吐いた。
「ピンとこねぇか。んじゃ、これはどうだ。いいか、よ~く想像してみてくれ。実は、トラヴィスには好きな女がいる。けど、その女には旦那がいた。だから秘密の関係だ。二人は、ひっそりと逢瀬を繰り返して愛を深めていった。そんな時、女の旦那がトラヴィスを疑い始める。トラヴィスは旦那の目を欺くために、お嬢と婚約した。つまりだ。お嬢の待遇は今と変わらねぇが、トラヴィスの想いは他の女に向けられている。決して、お嬢に向けられることはない。これは例え話だが、仮に事実だったら、お嬢はどう思」
「イヤよ! そんなのイヤだわ!」
リアリティのある例え話をするゼノンに、自分でも吃驚するぐらい大きな声が出た。
「それが答えだよ、お嬢」
「え?」
「あとは、よく考えな」
そう言うとゼノンは「それでは失礼させていただきます。何か御用がありましたら、お呼びください」と執事口調に戻って部屋を出て行った。
ゼノンの例え話に対する私の反応が答えなの? それが私の気持ち?
私は、もう一度ゼノンの例え話を思い返してみる。
トラヴィス様の、あの優しい笑みと温かい視線が他の女性に向けられるの?
トラヴィス様が、あのイケボで可愛いだとか綺麗だとか好きだとか愛しているだとか他の女性に言うの?
そんなのイヤだわ。
トラヴィス様の隣に立つのも、笑いかけてもらえるのも、愛を囁かれるのも私でありたい。私だけであって欲しい。
そう、これは嫉妬と独占欲だわ。
普通、好きでもない人を誰かに取られたくないなんて思わない。好きだからこそ、執着してしまう。自分だけを見て欲しい、自分だけを愛して欲しい。そんな嫉妬と独占欲。
それがあるのなら私はトラヴィス様を、トラヴィス様と同じ意味合いで好きということよね? うん、そうに違いないわ。
そう、そうなのね。今、私の胸の中にあるトラヴィス様への想い。これが誰かを好きになるという気持ちなのね。
嫉妬心とか独占欲って、相手に好意があるからこそ湧く感情だと思うんですよねぇ。




