45.トラヴィス様の本気のアプローチ
部屋に戻って、先程の出来事を脳内で反復する。
「トラヴィス様は本気なのかしら?」
「本気ですよ」
思わず漏れた独り言に、ゼノンから返事が返ってきた。今、部屋には私とゼノンの二人しかいない。
「というか、ゼノン! 私が鈍感って何の話? 申し上げたって、いつ? 『ゼノン君の言う通り』って、どういうこと?」
「それは……お嬢がツークエ伯爵家で、酔って眠っちまった時だ」
ゼノンは人の気配を確かめてから、砕けた口調で答えた。
「あの時?」
「あぁ。お嬢がベッドで眠っている間―――
「トラヴィス様。コワルスキーが捕まりましたので、お嬢様との婚約は解消されるのでしょうか?」
「するわけがないだろう! 何故、婚約解消なんて話が出るんだ」
「お嬢様なら、そう考えると思いまして」
「なん、だと? そうなのか?」
「恐らくは。ところでトラヴィス様は、お嬢様のことを本気なのですか?」
「本気に決まっているだろう!」
「そうですか。お嬢様は鈍感ですから苦労されるかと思いますが、お励みください」
―――ってな話をした」
「なっ! それならトラヴィス様は本気だって、昨日の内に教えておいてくれたら良かったじゃないの!」
「いや~、俺の口から言うことじゃねぇと思って……ククッ」
笑いを噛み殺しているのがバレバレよ、ゼノン!
確かにゼノンの言う通りかもしれないけど、教えてくれてもいいじゃないの。そうしたら、あんな素っ頓狂な話はしなかったわ! 鈍感だって思われずに済んだじゃないの! そうよ、問題は鈍感って部分もよ。
「そもそも私が鈍感って、どういうことよ!」
「どこからどうみても、お嬢は鈍感だろう」
「なによ、別に私は鈍感ではないわよ」
鈍感だったら、ターゲットを落とすなんて仕事が出来るわけがないじゃないの。全く、ゼノンったら何を言っているのかしらね?
「でも、お嬢は気づいてないだろう? トラヴィスの気持ちにも、自分自身の気持ちにも。それを鈍感と言わずに、何て言うだよ」
「ぐっ」
「まぁこれからトラヴィスは、お嬢にも分かるようアピールしてくれるみたいだから安心しな」
どこに安心ポイントがあるのよ! 私、今の状況がイマイチ把握できていないわ!
「何を悩んでいるのか知らねぇけど、トラヴィスは優良物件だぜ? 高位貴族で金もあって、見た目も性格も悪かねぇ。まぁ匂いとか言うけど、それは気にするな。何より、お嬢の大事な弟妹達も快く受け入れてくれてる。ここまで、お嬢の望みに適う男はいねぇと思うけどな?」
「うっ」
ぐうの音とは、この事か。先程から言葉を詰まらせる私に、ゼノンは少し考えた素振りを見せた。
「なぁ、お嬢の幸せって何だ?」
「私の幸せ? それは弟妹達が幸せでいることよ」
それ以外ないわ! それはゼノンも知っているでしょうに。突然、何を言い出すのかしら?
「それは間接的な幸せだろう? そうじゃなくて、お嬢自身の幸せは何だって聞いてんだよ」
「私自身の幸せ?」
何よ、何だか謎掛けみたいじゃないの。だから私の幸せは弟妹達の幸せであって、私自身の幸せと言われても意味が分からないわ。
「お嬢が幸せでいることが、何よりも大切にしている弟妹達の幸せでもあるとは思わないかねぇ」
「?」
「お嬢。お嬢は、お嬢の幸せを掴んでいいんだぜ? 何が自分にとっての幸せなのか、じっくり考えな」
そう言うとゼノンは「何か御用がありましたら、お呼びください。それでは失礼致します」と、急に執事に戻ると部屋を出て行った。
何よ、何よ。もう、さっきから意味が分からないわ!
トラヴィス様の言葉を処理するだけでもキャパオーバーなのに、ゼノンの謎掛けも増えて私の頭は湯気が出そうよ。
******
あれからトラヴィス様のアピールが凄まじい事になったわ。
毎朝、部屋に届けられる花束に始まり、朝昼晩の食事もトラヴィス様が屋敷にいる時は必ず共にして毎度毎度、私に笑顔を向けてくるのよ。そうよ、あのキラキラ輝くイケメン顔でよ。
お茶の時間も出来るだけ合わせているようで、高頻度で一緒にしているわ。そして弟妹達がいない時は、私の手を取ったり、指を絡ませてきたりして、耳元で甘く囁くのよ。
「アネットは可愛い」だとか
「アネットが好き」だとか
「この菓子はアネットのように甘くて愛らしいね」だとか
「このマカロンのようにアネットは可愛いね」だとか
囁きながら、お菓子を手ずから私に食べさせてくるのよ! 弟妹達はいなくても、ゼノン達の目があるというのに! キィィーッ!!
それだけではないわ。
トラヴィス様は時間を見つけては、私を散歩に誘うのよ。私も断る理由がないから応じるのだけどね。当たり前のように手を繋いでくる上に、時には肩を抱いてきたり、腰を引き寄せてきたりするのよ! そして例の如く、低音イケボが私の耳元で囁くの。
「アネットは綺麗だ」だとか
「アネットを愛している」だとか
「この薔薇よりもアネットの方が、かぐわしい」だとか
「この花の可憐さも、アネットの美しさを引き立たせるだけだ」だとか
囁きながら、自ら手折った花を私の髪に差してくるのよ! だから弟妹達はいなくても、ゼノン達の目があるというのに! キィィーッ!!
この間なんてね、トラヴィス様に「星が出ているから」と夜の散歩に誘われたのよ。
昼間と違って、月明かりに照らされた庭は幻想的だったわ。夜の闇の中で、月の光を照り返した葉がキラキラと輝いていて、そこら中にダイヤモンドが散らばっているかのように綺麗だったの。
だから思わず溜息のように「綺麗」と口から漏れてしまったのだけど、トラヴィス様も同じように「綺麗だ」と言ったのよ。“そうよね、そう思うわよね”と頷いたのだけど、その後トラヴィス様は何と言ったと思う?
「あぁ、今のはアネットのことだよ」
「えっ」
「君は気づいていないかもしれないが、あの丘で夕日を見た時も、ツークエ伯爵の庭で花を見た時も『綺麗だ』と言ったのはアネットに向けた言葉だ」
「えぇっ」
「この満点の星空の中で、主役のように光り輝く月さえも、君の美しさの前には霞んでしまうな」
なんて言いながら熱い視線を向けて、そっと私の頬に触れるものだから、キスされるかと思ったではないの!
えっ?
あぁ、キスされたわよ。唇ではなく、ほっぺにね。そうよ、ほっぺよ!
唇が頬に触れた瞬間、トラヴィス様の熱が伝わるように全身が熱くなったわ。もう、どうして良いのか分からなくて、思わず近くにあった薔薇へ目を逸らしてしまったわよ。
その後、トラヴィス様は「身体を冷やしては、いけないな」と言いながら、羽織っていたジャケットを私に掛けたの。
熱くなっていた身体がトラヴィス様の香りに包まれて、一層、火照ってしまったわ。“寒くはないのですよ、トラヴィス様!”と思ったのも束の間、気づけば私はトラヴィス様の腕の中だったの。
そうよ、どさくさに紛れてトラヴィス様は私を抱きしめていたのよ!
「あぁ、このまま閉じ込めてしまいたいな。アネット、愛しているよ」
などと、熱く、甘く、掠れた声で囁いたのよ! もう、耳が別の生き物になったかと思ったではないの! まるで耳が心臓になったみたいで、ジンジンドクドクと煩かったわ。
あまりの色気にクラッと眩暈がしたわよ。それを体調不良と勘違いしたトラヴィス様は、慌てて私を部屋まで送り届けたわ。
あやうく姫抱っこされそうになったのを、なんとか回避できたのは賞賛されるべきよ。あの状態で姫抱っこなんてされたら心臓が止まってしまうわ!
一人、部屋に残された私は熱くなった身体を持て余し気味にベッドに突っ伏した。
もう、最近のトラヴィス様はどうしてしまったの?
大人の色気が漂いまくって凄まじいわよ。そりゃ『覚悟するように』とは言っていたけれど。まさか、こんな事になるとは……ハッ、もしかして、これが溺愛というやつ? そうなの? そうなのね?
前世を合わせても恋愛経験がない私にはトラヴィス様の愛情表現の刺激が強すぎて、どうしていいのか分からないというか、ただドキドキするしかないというか。
そういえばトラヴィス様に抱きしめられたのは、父が暴力を振るおうとした時以来ね。あの時は、どうという事もなかったのに。今は何故、こんなにも心臓が煩くなるのかしら?
いえ、分かっているわよ。恋愛初心者な私でも、流石に分かるわよ。私はトラヴィス様に惹かれているわ。
当然のことでしょう?
トラヴィス様は高身長・高爵位で、イケメン・イケボで、優しくて強くて、こんなにも私を、いえ私だけでなく私の弟妹達も大切にしてくれて、好きにならない要素がないわよ。
あるとすれば、しいて言うなら強引な所かしら?
でも、それが嫌ではないのよ。
あぁ、きっと私は既にトラヴィス様の術中に嵌っているのね。
けれど、この気持ちがトラヴィス様の言う『好き』と同じ意味なのか、トラヴィス様が囁く『愛している』と同じな重みを持っているのか、分からないのよ。
両親を見ている所為か、『愛』が何なのか私には分からないのね、きっと。
その夜以来、トラヴィス様は寝る前に訪ねてきて私の額に『おやすみのキス』をするのが日課に加わった。
あ、私からお返しはしていないわよ。弟妹達相手のように出来るわけがないでしょう!
毎回、私が顔を赤くするのを見て、トラヴィス様は「赤くなったアネットも可愛いな」なんて囁きながら満足気に帰っていくわよ。
トラヴィスの本気のアプローチ炸裂です(笑
今まで女性に恋愛感情を持ったことがないトラヴィスは加減を知りません。
だから止まらないし、人目も気にしないよ。頑張れ、アネット!




