44.熱烈な愛の告白
ツークエ伯爵邸を後にして、トラヴィス様は私を侯爵邸に送り届けると、すぐさま王城へと向かった。
事件の報告と、ツークエ伯爵の減刑を訴えに行ったのよ。夜遅くに帰ってきたトラヴィス様は、翌日の朝に事の仔細を話してくれたわ。
今日、コワルスキー元伯爵の処刑があると。
コワルスキー元伯爵の刑は確定していたけど、脱獄した所為で執行できなかったのですって。だから捕まった翌日、問答無用で刑に処すことになったのよ。再び脱獄されても困るし、聞き出したい情報も、もうないからと。
ちなみにコワルスキー元伯爵の罰は、爵位剥奪の上、処刑よ。伯爵家は取り潰しで、一族も連座として処刑されるのですって。実は、コワルスキー元伯爵の親族も犯罪に関わっていたのよ。人の人権を踏み躙ったのだから、当然の報いね。
それからツークエ伯爵は追徴課税の支払いと、当主を退いて領地での蟄居が命じられたそうよ。トラヴィス様が頼んだお陰で、減刑されたのですって。法律には詳しくないけど、だいぶ軽い刑だと思うわ。
ツークエ伯爵も厳粛に受け止めたようよ。だからツークエ伯爵は今朝早く、領地へ向かったのだとか。迅速に動くことで誠意を見せているのだろうとトラヴィス様が言っていたわ。
そうそう、ツークエ伯爵家は嫡男が継ぐことになったそうよ。成人したばかりで若いから、領地経営も大変だろうし、他の貴族に付け込まれて足元を掬われるかもしれないとトラヴィス様は心配していたわ。だから、自分が後ろ盾になると言っていたわよ。これでツークエ伯爵家は安心ね。
あぁ、そろそろトラヴィス様は処刑場に着いた頃かしら?
これで一件落着よ。
トラヴィス様に仕事を依頼されてから、ここまで長かったわね。
そういえば、関係者として立ち会うため処刑場に向かうトラヴィス様を見送った時に言われたことがあるのよ。
「そうだ、アネット。褒美は何がいいか考えておくように」
「褒美ですか?」
「あぁ、コワルスキーを捕まえたのはアネットだからね」
「?」
「ほら、コワルスキーに泡を吹かせたのはアネットだ」
「あぁ!」
“コワルスキー元伯爵を捕まえたのは治安隊ではないのかしら? まぁ、脱獄してしまったけど“と思ったら、ツークエ伯爵家でのことを言っていたのよね。
さて、何がいいかしらね? すでにトラヴィス様から十分な生活を与えてもらっているから望むものなんて、何もないのよ。
ところで、コワルスキー元伯爵が捕まって私は重大なことに気付いたわ。
この婚約って一時的なものだったのでは?と。
トラヴィス様は、いつまでとか期限を言ってはいなかったけど、伝え忘れたのではないの? だって、この婚約はコワルスキー元伯爵から私達を保護するための名目だったでしょう?
危険がなくなったのだから、当然ながらトラヴィス様は婚約を解消するつもりよね? 何故ならトラヴィス様にとって、この婚約に何のメリットもないのだもの。
それに、すっかり忘れていたけどトラヴィス様には想い人がいたわよね? それなら私なんかとはサッサと婚約解消をして、その想い人と婚約するはずよ。トラヴィス様は優しいから私達のことを慮って言い出しにくかったのね。きっと、そうよ!
弟妹達は、とても幸せそうに今の生活を楽しんでいるわ。それを終わらせるのは忍びないのだけど、こればっかりは仕方ないわね。
ヨシュアの学費は貯めているし、ユアンの訓練はゼノンにお願いするとして、問題はユリアとヤトルの講師だわ。雇ったら、お高いかしら?
でも弟妹達のためなら、頑張れるわ! 屋敷に戻ったら早速、仕事を再開しましょう。そして今まで以上に仕事を増やすのよ! 稼いで稼いで稼ぎまくるわ!
決意を新たにしたところで、ちょうどトラヴィス様が帰宅した。
早速、話にいかなくてはね!
執務室にいるトラヴィス様を訪ねると、快く招き入れてくれる。
いつも通りキラキラしているトラヴィス様を目にしたら意思が少し揺らいでしまったけど、負けるわけにはいかないわ。これ程よくしてくれたトラヴィス様に、これ以上の迷惑は掛けられないもの。私を、私と弟妹達を幸せにしてくれた分、トラヴィス様にも想い人と幸せになってもらわなくてはね!
ソファに腰かけたところで、私は本題を切り出した。
「謹んでお受け致しますわ」
「ん? 何をかな?」
「婚約解消ですわ」
「ん???」
トラヴィス様は何を言われているのか分からないといった様子だ。
「どうして、そんな話になっているんだい?」
「コワルスキー元伯爵が捕まったので、トラヴィス様が私達を保護する理由もなくなったかと」
「それで婚約解消だと?」
「えぇ。元々、コワルスキー元伯爵に狙われて危ないから保護するという名目での婚約でしたわ。その元凶であるコワルスキー元伯爵が捕まり、処刑されたのですから保護する必要もなくなった。ということは、婚約も解消されるのでしょう?」
「何故、そうなる……」
片手で顔を覆って唸るトラヴィス様に、今度は私が疑問符を浮かべる番だった。
「? そうトラヴィス様が、お考えなのだと思ったのですが」
「まさか……私の想いが微塵の欠片も伝わっていないだと……?」
小声でトラヴィス様は「ゼノン君の言う通りということか」と呟いている。
「頑張ってください、旦那様!」
「だから申し上げたではありませんか。お嬢様は鈍感だと」
頭を抱えてしまったトラヴィス様の横で、トーマはエールを送り、ゼノンは呆れ半分、面白半分といった様子で立っている。
ちょっと、ゼノン。何の話? 私が鈍感って、どういうことよ!
「どうやら、私は努力が足りなかったようだな」
肩を落としていたトラヴィス様は、ようやく復活したらしく顔を上げた。
「アネット、君との婚約を解消するつもりはない」
「何故ですか?」
「君のことが好きだからだ」
「私を好き?」
えっ、トラヴィス様が? それって、まさか……あ、分かったわ。人として好きってことね! もう、恥ずかしい勘違いをしてしまうところだったわ。危ない、危ない。でも、そういう事なら私もトラヴィス様が好きよ。
一瞬、思い違いをして頬を染めそうになるが、即座に気づいて思考を修正する。
「私もトラヴィス様のことは好きですわよ。侯爵という身分を鼻にも掛けず、私達にも親身になってくださいますし、悪を許さない正義感もあって、尊敬していますわ!」
「そうきたか……ありがとう、アネット。でも違う、そうじゃない……はぁ。まさか、ここまでとは……」
再び頭を抱えそうになったトラヴィス様は、すぐさま気を取り直して私を見据えた。
「私が悪かった、言い方を変えよう。アネット、君を愛している」
「へぁ?」
今までにない程の真剣な表情のトラヴィス様から発せられた言葉に、驚きすぎて変な声で返してしまった。
「侯爵家の名を背負っている私が、君達を保護するためだけに婚約なんてするわけがないだろう」
「えっ。でも、あの時は」
「あぁ言えば、君が了承すると思ったからね。どちらかといえば、君と婚約することが私のメインの目的だった」
「えぇ! でも、あれ? えっ、だってトラヴィス様は、想い人がいると」
「それはアネット、君のことだ。やはり気づいていなかったか」
トラヴィス様は小さく溜息を吐いた。
あの街へ出掛けた日の馬車の中で、トラヴィス様は想い人がいると言っていたわ。どんな人なのだろう?なんて思っていたけど、まさか私だったの?! もしかして宝石やドレスを喜ばないって……私のこと? 『アネット嬢が協力してくれるのなら、叶ったも同然だ』と言ったのは、相手が私だったから? えっ、では私は、そうとは知らず偉そうにアドバイスをしたというの? は、恥ずかしいわ。ハッ! その後、カフェに寄ったのはアドバイス通りにしたということ?
混乱を来す頭の中で、一つの疑問が浮かんだ。
それなら、そうと何故トラヴィス様は言ってくれなかったの?
「でも、私のことを好きだなんて一度も……」
「言ってなかったか? ん、そういえば言ってなかったな。では、改めて」
小さく咳払いしたトラヴィス様は徐に立ち上がると、サッと私の前で片膝を突いた。熱い意思を宿したトラヴィス様の瞳が私を射抜く。
その強烈な視線に撃ち抜かれた私は微動だに出来ず、ただただトラヴィス様を見つめる。
「アネット、君を愛している。君を想うだけでこの胸は焦がれるほど熱くなり、君の身に何かあれば恐怖で心臓が凍り付いてしまう。君のことが、狂おしいまでに愛おしくて仕方ないんだ」
真っ直ぐ私を見つめるトラヴィス様の口から紡がれる熱烈な言葉に、頭がパンクしそうだ。いや、パンクしてしまったのだろう。声を発するどころか、瞬きすら出来ない。
「これ程までに君に溺れ、息も出来ぬ程に苦しむ私を救えるのはアネットしかいない。だからアネット、どうか私に慈悲をくれないか」
「はい?!?!?!」
トラヴィス様は視線を逸らさず、恭しく私のドレスの裾に口付けた。
なっ、なななっ、何をしてらっしゃるのですか、トラヴィス様?! それは、服従の意味もある行為ですわよ。
「よし、言質は取れたな。ありがとう、アネット」
えっ、ちょっ、トラヴィス様? 言質って? あ、今のは肯定の『はい!』ではないですわ! 驚きの『はい?!』ですわよ!
「あの」
「とはいえ、今まで伝わっていなかったのだから、いきなり愛していると言われてもアネットの気持ちはついて来ないだろう。だから、これからは遠慮なく君への想いを言葉にして、より行動に移すことにするから覚悟するように」
いつしかの私がしたように、口を挟む隙を与えてくれないトラヴィス様。そんなトラヴィス様はニッコニコ顔で立ち上がると「仕事があるから、また後で」と言いながら、今度は私の髪にキスをして去って行った。
ななな、何が起きたの?! 今! 一体! 何が! 私の身に起きたというの?! 誰か説明してちょうだい!!
残された私は、ただ鯉のように口をパクパクさせるだけだった。




