36.トラヴィス様本人が来る必要がありまして?
弟妹達と居間で談笑していた時、誰かが訪ねてきた。気配で分かったのか、ゼノンは絶句しながらエントランスに向かうと扉を開ける。
そんなゼノンの様子が気になって後ろをついて行ったら、そこにいたのは執事に扮装したトラヴィス様だった。
執事の恰好をしているけど、トラヴィス様の気品は一切隠せていない。相変わらず輝いている。
えっ? 手紙ではなく、本人が直接来てしまったの?!
これは私がトラヴィス様の弱点だと敵に教えているのでは?
「大丈夫かい?! アネット嬢! 護衛から報告を受けて慌て」
「何故、来てしまったのですか、トラヴィス様!」
焦った様子のトラヴィス様の声を遮ったら、キョトンとされてしまった。
「えっ?」
「ここ最近、せっかく息を潜めていたというのに。偵察された後にトラヴィス様が来てしまったら、私が弱点だと敵に知らせているようなものではないですか!」
「弱点?」
何の話だ?と、よく分かっていない様子のトラヴィス様に私はやきもきする。
「そうですわ。敵はトラヴィス様の弱点を探っているのだろうと、ゼノンが言っておりました」
「あぁ、そういうことか」
「私はターナー夫人にはなりたくありませんわよ」
「あ、うん、すまない。君のことが心配で、居ても立ってもいられなくてね」
心配して訪ねてきたのに、咎められるとは思っていなかったのだろう。トラヴィス様は僅かに怯んでいる。
でも大事なことですわ。
私が弱点だと知られたら、弟妹達にも危険が及ぶのですからね!
「でも、こうして変装しているから大丈」
「ゼノンは扉を開ける前から、トラヴィス様のことに気付いたようですけど?」
「えっ、そうなのかい? ゼノン君」
「はい」
一瞬、目を見開いたトラヴィス様に、ゼノンはコクリと頷く。
「ゼノンは気配で分かるのですわ。だからトラヴィス様が勝手に付けた護衛のことも知っていますのよ」
「なっ、まさか彼らの存在も気づかれていたとは。どおりで、君から偵察された件の知らせが来ないわけだ。私の護衛が知らせると分かっていたのだね」
「えぇ、先程ゼノンから聞いて知りましたわ」
「そうか。いや、許可もなく護衛を付けて申し訳ないとは思っている。けれど、君の守りを少しでも強固にしたかったのだ。許して欲しい」
目を伏せたトラヴィス様は反省しているように見えた。
少し言い過ぎたかしら?
「許しますわ。というか、トラヴィス様が謝る必要はありませんわよ。トラヴィス様は私のことを思ってしてくださったのでしょう? むしろ私が、お礼を言うべきですわ。お気遣いただき、ありがとうございます」
「君は優しいね」
ホッとした様子のトラヴィス様。
油断しないでくださいませ、トラヴィス様。
私の追及の手が緩むわけではありませんわよ!
「それは、それとして! トラヴィス様がいらしては、私の存在を敵に印象付けてしまうではありませんか! 護衛を付けた意味があるのか、ないのか分かりませんわ!」
「それは、もっともな意見だ。私の行動が軽はずみであったのは否めない。だから、どうだろうか。君と弟妹達を私の屋敷で保護するというのは」
思いもがけない提案に、私の勢いは完全に削がれてしまった。
「はい?」
「私の屋敷ならば、守りの手が多いから安心だろう」
トラヴィス様は小声で「警備に穴はあるかもしれないが」とゼノンに視線を向ける。
「ゼノン君が強いのは知っているが、多勢に無勢ということがある」
「トラヴィス様の仰る通りです。相手が数人なら問題ありません。しかし20~30人で一斉に奇襲されたら、お嬢様達全員をお守りするのは不可能です」
そうよね。さっきは3人だったけど、襲ってくるのなら万全を期すだろうから大人数になるはずだわ。流石のゼノンも数には勝てないわよね。
「だから安全確保のため、君達を私の屋敷で保護したいと思っている。どうだろうか?」
それは有難い提案だけど、これ以上トラヴィス様に甘えてもいいのかしら? それに侯爵家と男爵家では色々マナーとかルールが違うのよ。弟妹達は委縮してしまうのでは?
弟妹達の笑顔を守るためには、どの選択をするべきなのか悩んでしまうわ。
私が苦悩していると、ここぞとばかりにトラヴィス様は提案してきた。
「うちに来れば、三食おやつに好きな物を食べられるよ」
「!!」
それは嬉しいお誘いですわ!
思わず目が輝いてしまった私に、トラヴィス様は手応えを感じたようで乗り気味に続ける。
「毎日、アネット嬢の好きな物を用意させよう」
「いえ、弟妹達の好きな物にしてくださいませ」
そこは譲れないわ。大事なのは私より弟妹達よ!
「分かった、そうしよう。それから、ヨシュア君には当主の心構えや知識を私が教えてあげよう」
「トラヴィス様ご自身が?」
当主であるトラヴィス様本人が、次期当主であるヨシュアに“当主”のイロハを教えてくれるですって? そんな、なんて有難いことかしら!
「それに、うちには騎士団がいるから、ユアン君も稽古を見たりと勉強になるだろう」
「まぁ!」
実際の騎士の姿を見ることが出来る上に、稽古まで見学できるなんて! ユアンにとって良い経験になるわ!
「それと、うちにはピアノの他にバイオリンやフルートなどの楽器も沢山揃っている。使用人の中には音楽が得意な人間がいるから、ユリアちゃんに教えることも可能だ」
「まぁまぁ!!」
今、ユリアはピアノに夢中なのよ。譜面の読み方も、もう覚えてしまったわ。沢山の楽器に触れることが出来るなんて、ユリアが喜ぶのは間違いないわ!
「そして庭も広いから、ヤトル君も伸び伸びと駆け回れるだろう。ポニーもいるから存分に遊べるはずだ」
「まぁまぁまぁ!!!」
うちの庭は狭いのよね。それに馬も、馬車用の馬がいるだけなの。ヤトルは馬に興味があるみたいなのだけど、危ないから近づくのを禁止しているのよ。それが思いっきり庭を駆け回れて、ポニーとも遊べるなんて! ヤトルの笑顔が目に浮かぶわ!
「他に希望があれば、何でも叶えよう。どうだろうか、アネット嬢。我が家に来てくれるかな?」
「はい、喜んで!」
この返事をトラヴィス様にしたのは2度目ね。
居酒屋のノリだけど、それぐらいに今の私の心中はノリノリよ!
「では、早速」
「あ、でも偵察されて直ぐトラヴィス様の屋敷に移り住むとなると、私はトラヴィス様の弱点だと示しているだけではなく、捕縛の件に関わっているとワコルスキー伯爵に疑われませんか? 出来るだけ私の関与は隠すという契約でしたよね?」
そう、トラヴィス様との契約にある守秘義務には、私が協力したことを公表しないという内容が盛り込まれているのよ。
「そうだね。君が、その一件に関わっているとコワルスキーに悟られない理由付けが必要だ。そこで二つ案がある」
真剣な表情で、トラヴィス様は指を2本立てる。
「まず一つ目は」
「一つ目は?」
勿体ぶるトラヴィス様の言葉を、私は促すように復唱した。
「この屋敷を壊す」
「はい?」
理解が出来なくて、私は疑問符を浮かべた。
「あぁ、壊すと言っても一部だけだ。屋敷の一部が壊れて生活に困ったアネット嬢達を、一時的に私の屋敷で保護するという口実だよ」
あぁ、そういう体ですのね。
まぁ、トラヴィス様の考えも分かりますけど。屋敷を壊すとは、また随分と物騒……いえ、思い切った発想ですわね。
「私がウィンター男爵家に援助していることは、調べれば直ぐにワコルスキーも分かるだろう。定期的な食事に贈り物の他、父君の施設費用も出しているからね。だから屋敷が壊れて、窮したアネット嬢達を保護するというのは疑われない口実だと思う」
確かに。日頃から援助しているのなら、生活に困った状況に手を差し伸べるのは不思議なことではないわね。
だけど、屋敷を壊すというのは流石に……ちょっと。
私は若干、頬を引き攣らせた。
何故、こんなぶっとんだ提案をトラヴィスがしたかと言いますと、二つ目の提案に乗って欲しいからです。
一つ目のぶっとびに二つの目のぶっとびが来て、混乱させようという魂胆です(?)




