32.トラヴィスの想い(前半トラヴィス視点)
あれから数日が経過した。
アネット嬢の父親の件は上手く片付いたな。アネット嬢が、あんな危険な人間と同じ屋敷に暮らしていたとは。
もっと早い段階で対処しておきたかったのだが……何せ、ゼノン君がいるお陰で、ウィンター家の動向を探るのは至難の業だったのだから致し方あるまい。
アネット嬢が暴力を振るわれるのを未然に防いだ。それだけで良しとしよう。
執務机に向う私はペンを止める。
思い起こされるのは、あの日のアネット嬢のことだ。
それにしても、マカロンを食べるアネット嬢は本当に可愛かったな。
馬車の中で言った『妻として迎えたいと焦がれる程の女性』はアネット嬢のことを指していたのだが、本人は全く気づいていないようだ。
それに、あの丘で言った『綺麗』という言葉はアネット嬢に向けたものだったが、それにも気づいていないだろう。
それがまた可愛く思えるのだから、なかなか私も重症だ。
いつから、こんなにも恋焦がれるようになったのだろうか。
始めは、その匂いに惹かれた。それは何とも言い表しがたい、かぐわしい香りなのだ。もっと傍で嗅いでいたいと、思考を奪われるような香りに最初は驚いた。
(今でこそ、心地よいと思うようになっているが)
その香りの正体を探ると、なんと存在しない令嬢だった。もう二度と会えないのかと落胆した矢先、同じ香りを嗅いだのだ。けれど見た目は全くの別人。
調べてみるとウィンター男爵家の令嬢だと分かった。しかし、その後も別の令嬢から同じ香りがするので、私は頭を捻ることになる。
まさか同じ香りがする人間が複数人いるだと?
そのような事は今までなかった。普通の人は嗅ぎ分けられないだろうが、私には出来る。だからこその疑問だった。
だが、同じ香りがする令嬢達を調べると、アネット嬢以外は架空の人物だと発覚する。しかも令息を婚約者から略奪しているのだ。
その令息というのは難アリの者ばかりで、その婚約者は婚約破棄や解消されたというのに、晴れ晴れとした様子で別の令息の元へと嫁いでいた。
そのことを知って、私はアネット嬢が何をしているのか当たりを付ける。
不遇な婚約者のために、問題の令息をわざと略奪しているのだろう。
不思議なことに、どんなに調べても証拠は出て来ないが、まず間違いない。
まったく面白いことをする令嬢だ。
(証拠が掴めない理由が、まさか『黒鴉』の元諜報員による隠蔽工作の結果だとは思ってもみなかったが)
その時ちょうど潜入できる人物を探していた。
だからアネット嬢に接触したのだが……まさか私が本気になってしまうとは。
潜入を依頼するにあたりウィンター家を調査して、ある程度は知っていたはずなのに、話せば話すほど彼女の魅力にハマっていくのが自分でも分かった。
彼女の奇想天外な発想、思いも掛けない行動、弟妹達に向ける惜しみない愛情、そのどれもが私を惹き付ける。
それだけではない。
自分の置かれた状況に負けじと前を向く姿勢、冷遇されそうな女性を救おうとする心根、そのどれにも芯の強さと高潔さを感じて私を夢中にさせた。
今まで女性に好意を持てたことも、恋愛感情を抱いたこともなかった私が、ここまで誰かに想いを寄せる日が来るとは思いもしなかった。
彼女を喜ばせたい。
彼女の傍にいたい。
彼女と生涯を共にしたい。
彼女の心を手に入れたい。
彼女の全てが欲しい。
そんな欲が日毎に増していく。
さて、どうしたものか。
どうすればアネット嬢の気を引けるだろう。
アドバイスで言われたアネット嬢が笑みを浮かべている時といえば、食べ物関係か弟妹達か。
そうか!
弟妹達を味方に出来れば良いのか。
ふむ。
では早速、手を打つとしよう。
思案していた私が手配するためにペンを執った時、トーマが慌てた様子で執務室に入ってきた。
「旦那様!」
「どうした?」
「こちらを」
トーマから差し出された一枚の書類。
そこに記載されていたのは―――
「ふむ、これは少々厄介なことになったな」
******
あれから数日が経った今も、トラヴィス様は変わらず2~3日おきに料理を届けてくれている。
この間なんてピザだったのよ、ピザ!
あつあつのチーズが糸を引いて、それはもう弟妹達は大はしゃぎでね。
いつもよりテンションが高かったわ。
どの世界でも、ピザはテンションが上がるわね。
特に家に届くピザは!
そういえば、トラヴィス様は“いつまで”と期限は言っていなかったけれど、まさか……これからも、ずっと料理を届けてくれたりするのかしら?
いえ、それは流石に甘え過ぎというものね。
すでに父のことでもお世話になっているのですから。
ともかく、トラヴィス様のお陰で食費が減って大助かりよ。
この間の報酬もあるから、だいぶ余裕が出来たわ。
でも、まだまだ足りないわね。弟妹達の望みを叶えるには、もっとお金が必要なのよ。だから、そろそろ仕事を再開しましょうか。
仕事について聞こうとしたら、ゼノンの方から部屋へやってきた。
「ちょうど良かったわ。今、呼ぼうとしていたのよ。そろそろ仕事を再開しようかと思うのだけど、どうかしら?」
「お嬢、それは暫く待った方が良いかもしれないな」
「えっ?」
「今しがた、これが届いた」
ゼノンが差し出した一通の手紙。それはトラヴィス様からだった。
「コワルスキーが脱獄したらしい」
「えぇ! 何故? どうやって?」
「あれでもコワルスキーの組織は大きかったからな。優秀な手下を抱えているんだろう」
「そんな……」
トラヴィス様からの手紙の内容は、こうよ。
『コワルスキー元伯爵が脱獄したから、暫く周囲を警戒した方が良いだろう。アネット嬢の存在は向こうに知られていないはずだが、用心に越したことはない。心配なら、こちらから護衛を何人か回すから言うように』
要約すると、こんな感じだったわ。
あ、『コワルスキー“元”伯爵』って書かれているのはね、既に爵位を剥奪されているからよ。つまり平民になっているというわけね。
「ゼノン、トラヴィス様に護衛を頼んだ方が良いかしら?」
「いや、下手に護衛がつくと目立つから、やめた方がいいだろうな」
「分かったわ。では護衛はいらないと手紙を書くわね」
「すぐ書けるか? トーマが待ってるから、伝言でもいいぞ」
「えぇっ、待っているの?!」
「急ぎの内容だったからな。一応、返事待ちしている」
「え、あっ、どうしましょう。えっと」
手紙の方が丁寧なのだけど、トーマを待たせるのは申し訳ないわ。
「お嬢、慌てなくていい。使用人からしたら、返事が書けるまで待つなんてのは、貴族に仕えてりゃ普通のことだ」
「あっ」
そうか、そうよね。
貧乏過ぎて、あまり貴族らしい生活をしていなかったから、うっかりしていたわ。
「では、すぐ書くわ!」
「了解」
ゼノンは紙とペンを出してくれる。
私は机に向かって、急いでペンを走らせた。
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