28.トラヴィスの想い人
宝飾品店を後にした馬車の中で、トラヴィス様は腑に落ちないといった顔をしている。
「あ、ありがとうございました。このように高価な品々を」
「これは、お詫びの品だから気にせず受け取って欲しいのだが……あまり嬉しそうではないね?」
「えっ?」
顔に出ていたのかしら? それなら、もっと早く気づいて欲しかったわ。そう、あの高価な品々を買う前に!
でも、これはこれでトラヴィス様の気持ちを無下にしているようで失礼よね。
「いえ、嬉しいですわ。ですが、私には過ぎたる物すぎて恐縮しているのです」
「そうか。女性はドレスや宝石を贈られると喜ぶものだと思っていたのだが」
「それは、まぁ普通はそうだと思いますわ」
普通はね。でも貧乏男爵令嬢の私は自分のために物を贈られても素直に喜べないというか、これを買うお金で弟妹達のために、あれやこれを買えるのにと思ってしまうのよ。
でも、いただいた物を売ってお金にするわけにもいかないわ。
だから、あまり私は嬉しくないわね。
それに高価すぎるのよ。あの品々は!
怖くて使えない物ばかりよ!
「でも君は違うんだね」
「そうですわね。私の身の丈には合っておりませんもの」
「ふむ、どうも私は女性の心の機微に疎いようだ。今まで女性と付き合ったことがない所為だろうか」
えっ、今トラヴィス様は何と仰った? この国宝級顔面とイケボを装備しておきながら、女性と交際したことがないですって?!
そんなバカな。
数多の女性が言い寄ってきそうなものなのに、この国の女性は何をしているのかしら? あぁ、侯爵という高い地位の所為? いえ、私には恐れ多い存在でも、普通はプラスに働く要素よね?
「今まで私は女性に恋愛感情を持てたことがなくてね」
えぇ! まかさのトラヴィス様側の問題でしたの? ん、待って。今“女性に”と仰ったわね。ということは、まさか……トラヴィス様の恋愛対象は男性?
それは前途多難ですわね。この国は同性愛に対して寛容ではないのよ。私は偏見なんてありませんけどね。むしろトラヴィス様の相手がイケメンだったりしたら、大変目の保養だと思うのでウェルカムよ。
「アネット嬢。何か、よからぬ事を考えてはいないかな?」
「え?」
「念のため言っておくが、私の恋愛対象は女性だからね」
「あら、そうでしたの」
残念ね。イケメンとイケメンが並べば、とても素敵だと思ったのですけどね。
「まぁ、いずれは誰かと結婚しなくてはならないだろう。貴族の結婚なんて、ましてや私は侯爵という家柄から政略結婚が当たり前だが。それでも好意を持てる女性を妻に迎えたいと思ってしまってね」
溜息交じりに、トラヴィス様は「侯爵家の当主としては甘い考えだと思うが」と呟いた。
トラヴィス様の言いたいこと、その両方の側面について理解できますわ!
貴族だから政略結婚は普通のことよ。でも、それと心がついていくかは別問題ですもの。私が助けてきた女性達を見れば分かるわ。親が決めた結婚。でも暴力や浮気する相手に、自分の生涯を託せるとは思えないわ。いえ、託したいと思わないわよ。
結婚するのなら幸せになりたい。そう思うことを、願うことを誰が否定できるかしら。政略結婚なら尚更よ。少しでも好意を抱ける相手と添い遂げたいと思うことの何が間違っていると言うの? 何も間違ってないわ!
「それは当然のことですわ。一緒に家庭を築くのですもの。生涯を懸けて共に生きるのですもの。好きな人と結婚したいと願うのは普通だと思いますわ。たとえ、それが貴族として普通ではなかったとしても」
私は力強くトラヴィス様を見つめた。
「そう言ってもらえると、気持ちが軽くなるな。私でも出会えるだろうか、妻として迎えたいと焦がれる程の女性に」
「きっとトラヴィス様なら出会えますわ! トラヴィス様は格好良くて、顔も声も素敵で容姿も完璧ですし、侯爵という地位もありますし、優しいですし、悪人を許さない正義感があって強いですもの。世の女性が放っておきませんわよ。引く手数多ですわ! きっと、その中にトラヴィス様のお眼鏡に適う方がいらっしゃいますわよ」
珍しく少し弱気なトラヴィス様に、私は精一杯エールを送る。
「ありがとう。実は、もう出会っている気がするんだ」
「まぁ! そうでしたの? 私に出来ることがあれば仰ってくださいね。力になりますわよ」
なんだ、すでに想い人がいらっしゃるのね。
それなら私が励ますまでもなかったわ。
それにしても、トラヴィス様の心を射止めた女性って一体どんな人なのかしらね?
きっと聡明で美しくて、清らかで楚々としていて、まさに清廉潔白、良妻賢母、非の打ち所がない女性なのでしょうね。
「アネット嬢が協力してくれるのなら、叶ったも同然だな。では早速だけど、君の意見を聞かせてもらえるだろうか」
「もちろんですわ」
「何をしたら喜ぶのかな? どうやらドレスも宝石も、あまり喜んでもらえないようでね」
「あら、そうでしたの? そうですわね、そういうのは人にもよりけりですから。まずは相手を、よく見てくださいませ」
「よく見る?」
「えぇ。何をしている時、何を話している時に笑うのか、観察するのですわ。笑顔になっている事柄が、その人が喜ぶことですもの。観察していれば、何をすれば良いのか自ずと分かるものですわ。もし見ていても分からない場合は、趣味とか好きなものを単刀直入に尋ねるのもアリだと思いますわね」
「なるほど、笑顔になっている時か。ふむ」
私のアドバイスを受けて、トラヴィス様は顎に手を当ると考え込んだ。
それから顔を上げると、御者へと合図する。
「さすがアネット嬢。助かったよ」
「お役に立てたのでしたら光栄ですわ」
頑張ってくださいませ、トラヴィス様!
トラヴィスの想い人、誰かはお察しですよね。それに気づかない鈍感なアネットです(笑
鈍感なの好きなのかな、私。連載中の「魔力無しですが溺愛されて聖女の力に目覚ました」もアリシアが鈍感なので、好意に気付かないんですよねぇ(^^*)




