25.そうでしょう、そうでしょう、弟妹達は可愛いのです!
「可愛い弟妹達だね」
「そうでしょう! 本当に可愛い子達なのですわ!」
馬車の中で、ふい言われたトラヴィス様の言葉に、私は身を乗り出す勢いで食いついた。トラヴィス様は一瞬、面を食らった顔をした後、ハハハッと笑う。
「本当に可愛がっているんだね、アネット嬢は」
「当たり前ではありませんか。あんなにも可愛いのですもの。可愛がらずにはいられませんわ。可愛がるなという方が無理ですわよ」
「そうだね。あんなに可愛い弟妹なら、私も迎えいれたいと思うよ」
「?」
少し言葉に引っかかるものがあるけど、それは可愛い弟妹が欲しいという意味かしら?
そういえば、トラヴィス様は一人っ子でしたわね。それなら弟妹が欲しくなるのも分かりますわ。
本当に、あの子達は可愛いのですもの。
私の生きる糧でもありますからね。
「特にヨシュア君は賢そうだね」
「トラヴィス様も、そう思われました? そうなのです、ヨシュアは賢い子ですわ。だから学園に通わせたいと思っていますの」
「そうか、学園に」
この国は貴族が通う学園があるの。12才~16才までの4年間、一般教養から貴族として必要なことを学ぶのよ。そして卒業したら晴れて成人となるわ。
ただ、学費が高額なのよ。伯爵以上の貴族からしたら大したことないだろうけど、下級貴族はギリギリ何とか払えるかどうかって金額よ。商会や商いで羽振りが良いなら負担ではないでしょうけどね。我が家のような貧乏男爵家には、とても厳しいわ。
ん、私?
もちろん私は学園には通っていないわよ。
そんな費用を捻出できるぐらいなら苦労していないわ。
本当は私も通ってみたいのだけどね。でも私には前世の知識があるから、学園に通わなくても大丈夫よ。私より、弟妹達を学園に通わせることの方が大事だわ。
「ヨシュアは今11才なので、来年入学予定ですわ。トラヴィス様からいただいた報酬は学費に当てる予定ですのよ」
「そうだったのか。あぁ、双子の二人も利発そうで良い子だね」
「とっても良い子達ですわ。ユアンは騎士に興味があるようで、時々ゼノンに教えてもらっているのですよ」
「ゼノン君に?!」
トラヴィス様はゼノンが元諜報員だと知っているから、指導していることに驚いたようね。
まさか教えるのは諜報員スキルではありませんわよ。
ユアンがなりたいのは騎士であって、スパイではないのですから。
「あ、剣についてではありませんわよ。騎士に必要な体力作りや鍛え方ですわ。あとは戦う際に必要な瞬発力と反射神経と動体視力を鍛えると言っていましたわね」
ゼノンが得意とするのはナイフや暗器など小型の武器なので、あまり剣は得意ではないのよ。
それに幼いうちは神経を伸ばして、基礎をしっかりと固めた方が良いのですって。
『剣技は後で、いくらでも覚えられる。問題は思った通り自由に身体を動かせるかどうか、つまり神経と柔軟性だ。それと戦闘時に必要なのは、相手の動きを見切ることと状況把握能力になる。これを幼いうちに鍛えておくと、後が違うぜ』と、したり顔でゼノンが言っていたわ。
何か別の英才教育を施されている気がしてきたわね。
「そうそう、ユリアは音楽に興味があるようなのですわ。だから何か楽器を習わせてあげたいのです。私が何か弾ければ、教えてあげられたのですけどね」
「そうか、音楽か。やるならピアノかバイオリンが良いだろうが」
「どちらも楽器自体が高いですからね。今は保留ですわ」
“ふむ”と、トラヴィス様は考えるようにしている。
「それにしてもヤトル君は、まだまだ幼くて可愛い盛りだね」
「えぇえぇ、そうでしょう! 可愛いでしょう! あの舌っ足らずも直した方が良いとは分かっているのですが、可愛いので今はこのままで良いかと思っていますわ」
「そうか。しかし、あの年頃なら母親が恋しいことだろう。あ、いや、すまない。今のは失言だった」
思ったままを口にしてしまったようで、不適切だったとトラヴィス様は申し訳なさそうに謝罪した。
「構いませんわ。誰でも普通そう思いますもの。でも、きっとヤトルは母のことを覚えておりませんわ」
「覚えていない?」
あら、トラヴィス様は知っていると思っていたのだけどね。てっきり我が家のことを調べていると思っていたのだけど、違うのかしら?
「えぇ、母はヤトルが1才になった時に出て行きましたから」
「あぁ、そうか。そうだったね。重ねて、すまない。配慮ない発言だった」
いつも余裕があって自信に溢れているトラヴィス様とは思えないぐらい、ショボンと項垂れている。
今日は2回もトラヴィス様の珍しい姿を見たわね。特別なトラヴィス様を見られたようで、謎の優越感があるわ。
「気になさらないでください。母が5年前に出て行ったのは事実ですから」
そう、あれは5年前のことよ。
母はヤトルが1才になった時に家を出て行ったの。私達を残して。
あの時は、まだ使用人が残っていたから面倒をみてもらえたわ。もしも誰もいなかったら、どうなっていたことか。私一人では手に負えなかったと思うわ。
「ヤトルは“母の愛”を知りませんわ。当時は、まだ使用人達がいましたし、私も出来るだけ一緒にいましたけど、本来あるはずの“母の愛”には敵いませんわよ。それは弟妹達も同じでしょうね。せめてもと思い、弟妹達に愛情を注いできたつもりですけど、きっと私では役不足ですわ」
母が出て行った時、私は10才、ヨシュアが6才、ユアンとユリアが3才、ヤトルが1才。私はともかく弟妹達は、まだまだ母の愛が欲しい年齢だったわ。
だから皆で身を寄せて、愛情を埋め合っていた気がするの。
でも、それは兄弟愛よ。
やっぱり“母の愛”には敵わないわ。
無意識に求めてしまうのよ、母親という存在を。
皆、心のどこかに足りないもの、埋められない何かを感じているわ。
それは私が、どれだけ愛情を注いでも埋まらないのよ。
「そんな事はない。君は、よくやっているよ」
「そうでしょうか?」
「あぁ、君達を見ていれば分かる。君の愛情を受けて、彼らは心豊かに育っているよ。愛情が足りていなければ、あんなに良い子に育たない。笑顔に、あのような明るさはないだろう。君は母親の代わりを、いや母親以上に充分やっているよ」
「そうだと良いのですけど」
「自信を持ちなさい。アネット嬢は十分すぎるほど頑張っているよ。君より年上の私が言うことを信じなさい」
「……はい」
今まで私がしてきたことが認めてもらえて、胸が熱くなった。視界が僅かに滲む。それを見られたくなくて、私は誤魔化すように窓の外へと顔を向けた。
誰かに認めてもらえるって、こんなにも満たされる気持ちになるのね。
ゼノンによって英才教育を受けたユアンの将来は如何に!!(笑




