20.アネットの異変(トラヴィス視点)
約束の場所に向かうと、ベンチにアネット嬢の姿が見えた。
こちらも問題なく、隠れて過ごせていたようで安心する。
「アネット嬢、待たせたね。すべて順調に……って、アネット嬢?」
声を掛けるが、アネット嬢の様子がおかしい。
「どうしたんだい、アネット嬢!」
「ふにゃ?」
「何があったんだ?!」
「んー、にゃにもないでしゅよ~(訳:何もないですよ)」
庭とはいえ、明かりが少ない。そんな薄暗い中でも分かる程の赤い顔。回っていない呂律。明らかにアネット嬢の身に何か異変が起こっている。
その事に、私の中で焦りが一気に広がっていく。
「大丈夫か、どこか具合が悪いのか?!」
「わりゅくないでふよ~。フワフワして~、楽しいでしゅ~。ふふふっ(訳:悪くないですよ。フワフワして楽しいです。ふふふっ)」
ニコニコと笑っているアネット嬢。
そこから香る独特の匂い。
待て、これはもしや。
アネット嬢の近くにはグラスが転がっていた。
私は手に取るとグラスを嗅ぐ。
間違いない、これはシャンパンだ。
恐らくアネット嬢はジュースだと思って、シャンパンを飲んでしまったのだろう。
それで、つまり。
酔っぱらっているというわけだ。
良かった。
何か薬でも盛られたのではないかと心配したが杞憂だった。
しかしこれは……ゼノン君に私が怒られるのではないかな?
ゼノン君はアネット嬢を何よりも大事にしているからね。
「むにゃむにゃ……」
アネット嬢は、コテンと私に身を預ける。私は少し胃が痛むのを感じつつ、アネット嬢を抱えて歩き出した。
でも、ある意味これで良かったのかもしれない。
何せ、ターナー夫人は泥酔して帰宅する予定なのだから。
後日、今夜のことが話題になっても内容にズレが少なくて済むだろう。
私はターナー夫人が飲み過ぎたので帰宅する旨をコワルスキー伯爵の使用人に伝えて、馬車に乗り込んだ。馬車は何事もなく走り出し、コワルスキー伯爵邸を後にする。そして少し走った所で、御者と繋がる小窓が開かれた。
「どういう事だ?! お嬢に何があった!!」
「ゼノン君、落ち着いてくれ」
「落ち着けるかよ。俺が見てない間に、お嬢の身に何かあったのは明白だろう。くそっ。やっぱり部屋に、お嬢も連れていけば良かった。多少、危険だとしても俺なら守れる。いや、そもそもアンタが会場に入った時点で、お嬢は馬車に戻れば良かったんだ。いや、そうじゃないな。この馬車がコワルスキー伯爵邸に入れた時点で、俺だけが潜入すれば良かったんだよ。結局アンタ、何も役に立ってないしな」
「ぐっ」
日頃、口数の少ないゼノン君から飛び出す言葉の多さに、彼の焦りが手に取るように分かる。
痛い所を衝かれたな。
確かに私がした事といえば、ゼノン君が入れるように窓の鍵を開けたぐらいだ。
万が一の際には私の身分を明かし、侯爵として立ち回ろうと思っていた。
アネット嬢とゼノン君を守るために。
でも、その“万が一”がないのであれば、潜入するのは私でなくても良かっただろう。彼が言うことは、もっともだ。
「それについては、私も反省する所がある。だが、とりあえず聞いてくれ。アネット嬢はシャンパンを飲んで酔ってしまっただけだ」
「はぁ? シャンパンだと? 何故……」
「恐らく炭酸ジュースと間違えて飲んでしまったのだろう。この夜会には未成年は招待されていないから、主にシャンパンが振る舞われていたんだ」
「ハァ、そうか。お嬢は酒を飲んだ事がないからな。シャンパンと炭酸ジュースの違いが分からなかったんだろう」
ゼノン君は溜息を吐くと、チラリとアネット嬢を見た。
彼女は私の腕の中で健やかな寝息を立てている。
「怪我はしてないか?」
「見たところは大丈夫そうだ。何なら、触って確かめてみても良いが」
「それは止めてくれ。そうだな、血の匂いはするか?」
「いいや、しない」
「ならいい。お嬢が無事なら、それでいい」
小窓を閉めはしなかったが、こちらを見ることなくゼノン君は御者に徹した。
賢い子だ。私の鼻が利くと知って、アネット嬢の怪我の確認に利用した。やはり引き抜きたいな。
******
屋敷に着いて、アネット嬢を抱えようとしたらゼノン君に阻止された。
ゼノン君がアネット嬢を抱えて、屋敷の中を歩いて行く。
「トラヴィス様、先程のメイドを貸していただけますか?」
「あぁ、もちろん」
ゼノン君に言われて、私はメイドを呼ぶ。
「お嬢様の着替えをお願いしたいのですが」
「もちろんです」
メイドについて行ったゼノン君は、アネット嬢が着替えに使った部屋へ入ると直ぐに一人で戻って来た。手には何かを持っている。
「トラヴィス様。申し訳ありませんが、メイクを落とす為に洗面器と水をいただけますか?」
「あぁ、そうだね」
前回と同じように、私もゼノン君もメイクを落とした。それからゼノン君は懐から紙とペンを取り出す。その紙の内、2枚を私に差し出した。
「こちらが先程、入手した書類です」
「ありがとう」
私が目を通している間に、ゼノン君はペンを走らせている。
手元にある紙には見慣れない記号が書かれていて意味不明だ。
これは速記のようなものだろう。
短時間で内容を書き写すスキルも持っているのだな、ゼノン君は。
「こちらが書き写した内容になります」
渡された書類を受け取る。
恐らく一語一句、違わずに書き写されているのだろう。
そう確信が持てる出来だった。さすが元『黒鴉』だ。
それにしても、あっちのゼノン君と執事のゼノン君の使い分けが凄いな。
ギャップで私が混乱してしまいそうだ。
その時、メイドが「お着替えが済みました」と声を掛けてきた。ゼノン君は「ありがとうございます」と答えると隣の部屋に行って、アネット嬢を抱えて戻って来る。
「他に御用がなければ、これにて失礼させていただきたいと思います」
「あぁ、今日は助かったよ。報酬の他にも改めて礼がしたいとアネット嬢に伝えてくれ」
「かしこまりました」
ゼノン君はアネット嬢を抱えたまま、一礼すると部屋を後にする。
その背中を見送り、私はゼノン君が書き写してくれた書類に視線を落とした。
あの2枚の書類を持ち帰る方に選んだゼノン君の判断には感服する。他の書類と比べて、あの2枚はコワルスキー伯爵が何をしても逃れようのない確固たる証拠だ。
それに書き写してくれた書類によって組織の末端まで捕らえることが出来るだろう。すべては、アネット嬢とゼノン君のおかげだな。
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