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第9話 迫る影


 俺はよく誤解される。

 老体に鞭を打ってまで権力の座に縋りつきたいのか、と。だが俺は普通の人間とは違う。

 別にそうありたいからこんなことを言っているのではなく、体の構造が違うのだ。

 あの日、奴と出会った日から。


「しかし、飽きてきたな……」


 と俺は誰もいない別荘で天井に向かって呟く。

 5月11日の水曜日に、俺は誰もいない別荘にいた。

 一人では完全に持て余してしまう大きい屋敷の空間に、裸足でも心地よく踏みしめられる畳、障子、そして広々とした庭、そして湖畔。

 人気の多い都会の喧騒から断絶された場所に、俺は一人生きていた。

 俺は後ろに飾っていた刀をチラリと見る。

 俺は刀のある所まで近づき、左手で持つ。

 そして右手で柄を持ち、少し力を入れて刀身を引き抜いた。


「お前も暇だろう、スマッシュ」


 俺は刀に語り掛ける。普通刀に話かけても刀は何も言葉を返してくれないが、その刀は違った。


「あぁ、最近は強敵と戦わずに刺激が足りない」


 と刀は悪態を突くように不満を漏らす。この刀、スマッシュは俺がガキの頃から一緒にいた。

いつであったかは正確には覚えていないし思い出せないが、俺がゴロツキ共に殺されかけた時、コイツは俺に語り掛けた。

 手に取れ、と俺に囁いてきたのだ。

 それだけは昨日のことのように覚えている。


「水無瀬、次の食い物はまだか?」


 スマッシュは俺の名前を読んで食料の催促をする。

 だがそう簡単に用意することは出来ない。

 なぜならコイツの好物は……

「今度はちゃんとした肉のついた健康的な女にしてくれよ。前のは薬中の中年だった。ジャンキーは俺の口には合わないからな」



 この刀は人間を食す。俺はうんざりしながら「簡単に言うな」と言った。


「昔と違って今はちょっとしたことでも足が着くんだよ。今度のはしばらく後だ」


 と俺は言った。するとスマッシュは不満げに舌打ちをした。


「覇龍連合会組長様なら好きな人間くらい攫い放題だろ。10人でも100人でも肉をばかばか持って来いよ」


 と言った。どうやらコイツは感覚が昔の混沌とした時代から抜け出せないらしい。

 ここは最近のニュースでも見せて今の現実を思い知らせてやらねばならない。


「…次のニュースです。東雲ビルで人が刃物で切られる事件が起こりました」


 俺は惰性でテレビを点け、ぼうっとしながらテレビを見ていると気になる言葉が目と耳に留まった。

 東雲ビル、俺の組が管理している建物だ。

 どういうことだと俺はテレビにくぎ付けになる。


「犯人は単独で乗り込み、指定暴力団である覇龍連合会の構成員達を日本刀のような物で切りつけ、殺害して逃走した模様です」

「……なんだと?」


 テレビ画面の向こうには人だかりができており、野次馬が多かった。

 だがその中で目に留まった物があった。

 東雲ビル、俺の組が管理している建物だ。

 そこには俺の組の若いモン、そして若頭の鈴木がいた。

 俺はただ事ではない仁王立ちしたままテレビ画面を見つめていた。


「こちら、どういうわけかトラックが横転しております。もっと不思議な事に、真っ二つに割れております。それも奇麗にスパッと!」


 俺は真ん中に割れたトラックに注視した。

 トラックは前から後ろまで、切断されたかのように倒れていた。

 テレビでは目撃者にインタビューをしている最中だった。


「俺、見たんだよ!ビルの上から人が降ってきて、無傷だったんだよ!そのあとトラックに

轢かれそうになったと思ったら、刀で斬ったんだ!それで真っ二つ!」


 そう言って若い男は鼻息を荒くしながらインタビューに答えていた。

 記者にスマートフォンを見せ、興奮気味に語っていた。

 俺はテーブルに置いていたスマートフォンを手に取り、ネットの情報を漁る。

 すると、何十件、何百件と探していた情報がヒットした。

 どれもこれも、空から落ちてきた男がトラックを切断する瞬間を撮影していた。

 俺はそれを何度も止めたり、再生していると、あることに気がついた。


「日本刀……」


 そう、この人物は日本刀で切断していた。

 その刀は鍔の中に金色の龍が彫られていた。

 それを見た瞬間、スマッシュはガタガタと揺れ動いた。


「まさか……あの野郎もこの世界に来ていやがったのか……!」


 その震えは怒りから来ていた。

 刀を握っているだけなのに、刀を通して奴の静かに湧き上がる殺意にこちらまで飲み込まれそうだった。


「なんだスマッシュ、あの男を知っているのか?」

「あの刀……!」


 スマッシュが俺には答えず、殺意だけをむき出しにしている時に、突然電話が鳴った。

 俺は受話器を取り、「なんだ」と答える。


『オヤジ!ニュースは見ましたか!?』


掛けてきたのは組の若衆の一人だった。俺は「ああ」とだけ答える。


『突然ポン刀持ったキチガイが現れて組の半分以上の奴等がやられて……す、鈴木の若頭も……!』

「鈴木が…?」

『それで、鈴木の若頭が組長にこれだけは伝えてくれって……』

「なんだ」

「瀬田大道とアサルトを探せって……」

 俺はそれを聞くと「瀬田大道、アサルト」と復唱するように呟いた。すると刀はさらに震え、遂に台座から落ちた。


「アサルトォォォ!!」


スマッシュは吠えるように叫んだ。

 奴の叫びでテレビ画面はショートし、窓ガラスは粉々にひびが入った。そして電話は爆発し、使い物にならなくなった。


「お互いに朗報が入ったな。少しは楽しめそうか?スマッシュ」

「あぁ。奴も奴相棒もズタズタに引き裂いてやる」


 俺達は久々の獲物に心を躍らせた。瀬田大道、俺と同じ狂気を宿した人間、会うのが楽しみだ。




 時刻は午後8時、既に太陽は沈み、闇が周りを包み込むこの時間に、俺はと言えば地元の町を駆けていた。大地を蹴り屋根を飛び、散々周辺を探し回った。

 ただ一つの目的のために。


「もう諦めないか?今日はいないって」

──いいや、善良な市民なら寝てるが悪は夜には眠らない。必ずどこかにいる。


 アサルトは俺の身体を通して見晴らしの良い高さの家の屋根から見下ろしていたが、どこにも物騒な事は起きていなかった。

 当たり前だ。

 俺の住む町は陽門町という平和な住宅街だったからだ。

 事件なんてせいぜい子供に親切に声をかけたおじさんが不審者扱いされたり、酔っ払いが夜に道路で寝てておまわりさんのお世話になることくらいだ。

だからまぁ、そんな人死にが出たり、強盗だったり暴力沙汰になる事件は過去一度も明らかになっていない。


「やっぱり明日出直そう。今日は何も起きねぇよ。それにな、ここでそんな物騒な事件なんて…」

 ──いや、待て。あのコンビニを見てみろ。

「コンビニィ?」


 俺はコンビニと思しき間所を見てみる。

 見てみると全身が黒一色に統一され手には黒い手袋、頭には黒い帽子そして目には黒いサングラスをかけた、これはもうあからさまな人物がいた。ウソだろ。と俺は面食らう。


「認めたくはないけどこれはクロだな」

 ──黒い服をきてるのは知っている。お前は幼稚園児か?

「そういうこと言ってんじゃねぇよレクター博士」


 いや、そもそもなんでこんなタイミング良くコンビニ強盗をしようとしている奴がいるんだ。

 この町は何度も言っているが暴力沙汰は一切起きていない平和な町だ。

 なのに一体何故突然このような凶行に走ったのか。


──さぁ、店員がケガをする前に俺達も行こう。


 確かに、アサルトの言う通り、店の中の従業員に何か起きる前に俺達が対応したほうがよさそうだ。

 だが、コイツは悪人と判断したら即斬り殺して食うのだろう。

 そのあとのことはどうすればいい?その場にいた店員の対処は?心のアフターケアは?俺にその責任が取れるのか? 

 まず肝心な事に、俺は制服のままなのだ。

 このまま行って監視カメラに引っかかったら例え顔が別人だったとしても疑惑の目が俺の通っている高校に向いてしまう。

 それはそれで厄介な問題になる。


──そうか、いや、そうだったな。だが安心しろ。俺が衣装を用意してやる。

「えっ、お前そんなの持ってたのか」

──あぁ、ぴったりの装備がある。俺に全て任せておけ。


 アサルトが自信たっぷりに言う。だがな、お前がそんなにも前向きだから俺は不安なんだよ。


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